フランスでは妻の実家でも夫は遠慮しない
――ドヌーヴ演じる大女優ファビエンヌが「ヒッチコック映画に出るはずだった」と語る場面がありますが、あれは実話ですか?
この女優の人物造形をするうえで、本人にロングインタビューをさせてほしいとお願いして、2時間半ほどのインタビューを2回させてもらいました。その時に「ヒッチコック作品に出たかったのよね」という話をしたんです。実際に出演する予定があったものの、(1980年に)ヒッチコック監督が亡くなって立ち消えになったそうです。「残念だったわ」と話していたのがおもしろかったので、そのままファビエンヌのエピソードとして使わせてもらいました。
――ファビエンヌは脚本家になった娘のリュミール(ジュリエット・ビノシュ)に大切なことは話さず、言わなくていいことばかり口にして傷つけてしまう。親子や家族の在り方は、フランスも日本も変わらないようですね。
この母娘を描く際には、国籍はあまり意識しませんでした。たぶん、どこの国でも成立するドラマだと思います。こんな母親を持つと娘はどれだけ苦労するかという。そこは想像で書きましたが、フランス人同士は「大丈夫か?」と心配するほど激しいやりとりを普段からするので、日本を舞台にするよりも感情の振り幅の大きなドラマにすることはできたと思います。
―― 是枝監督の書いた脚本を、フランス側のスタッフやキャストは違和感なく受け入れた?
スタッフやキャストには脚本を繰り返し読んでもらい、気になる点はすべて指摘してもらいました。大きな直しはありませんでしたが、細かい点では直しています。ファビエンヌの実家に里帰りしたリュミールと夫のハンク(イーサン・ホーク)、娘のシャルロット(クレモンティーヌ・グルニエ)が同じベッドで川の字になって寝ると書いていたんですが、「6歳で親と同じ部屋で寝ていると、精神的なトラブルを抱えている子だとフランスでは思われる」と言われ、脚本を直しました。
――西洋と日本との文化的な違いが家族間でもあるんですね。
欧米では子どもは早ければ生まれて半年で、別の部屋で寝かせるそうです。一般的に親が子どもから自立している印象を受けますね。日本では批判されがちですが、向こうでは子どもはベビーシッターに預けて、夫婦で夜のデートに出掛けるのは当たり前のことなんです。脚本を直したお陰で、リュミールとハンクが裸でベッドにいるところを、母親であるファビエンヌが覗くというシーンが生まれました。あのシーンも日本との違いが出ているかもしれません。日本では妻の実家に泊まった際に、同じベッドで寝ていても夫は遠慮しがちですが、「フランスでは、嫁の実家でも夫は遠慮しないよ」と言われたんです(笑)。
――フランス映画っぽい、艶のあるシーンはそうして生まれたんですね。
そうですね、脚本を直したお陰でおもしろいシーンを撮ることができました(笑)。