1984年に英米で、翌年日本で出版されたノンフィクション小説「ナガサキの郵便配達」(早川書房)。著者は、第二次大戦中、イギリス空軍のパイロットとして、英雄的活躍をしたピーター・タウンゼント。彼と、エリザベス女王の妹にあたるマーガレット王女のロマンスは世界中で話題となり、オードリー・ヘップバーン主演映画『ローマの休日』のモチーフになったと言われている人物だ。
彼は元軍人作家として、戦争被害にあった子どもたちに焦点を当て執筆活動を始める。1978年、長崎を訪れた彼は、16歳の夏に被爆した郵便配達員の谷口稜曄に出会った。背中に大やけどを負いながら、生涯をかけて核廃絶を世界に訴え続けた谷口氏。1982年、ピーター氏は彼を6週間に渡って取材し著書を書き上げた。
ドキュメンタリー映画『長崎の郵便配達』は、ピーター・タウンゼント氏の娘である、女優のイザベル・タウンゼントが、父親の著書を頼りに、その足跡をたどり、父親が長崎で何を感じたのか、紐解いていく物語。彼女が本作品に携わることになった経緯と初めて訪れた長崎への想いを聞くとともに、戦後77年を迎え、戦争の語り部たちが少なくなっていく現在、日本国内のみならず、世界に伝えていくべきメッセージを改めて考えたい。
故人に導かれるように進んだ制作
「ナガサキの郵便配達」は、長い間絶版状態となっていた。映画を手掛けた川瀬美香監督は、谷口稜曄氏自身からノンフィクション小説復刊への強い想いを事前に聞いていたそうだ。「原爆が悲惨なことは明らかなのに、世界はまだ核を保持している。だからこの本が後世に残っていくことが重要なんだ」。
この谷口氏の言葉に心打たれたが、”長崎の原爆”という大きなテーマを前に監督は映像制作を躊躇していた。そんななか、2015年、国連本部で開催された「核兵器不拡散条約再検討会議」での谷口氏のスピーチを聞き、制作を決意する。翌年の2016年、監督はピーター氏の娘であるイザベル・タウンゼントを訪ね渡仏した。
「説得されたとか、動機があったわけではなく、とても自然なかたちで参加しました」
そう語るイザベルは、初対面の監督とすぐに打ち解け、別れ際に「Our Film」と言ったそうだ。これを機に映画製作のための調査や準備を開始。しかしこの出会いの翌年の2017年8月30日、谷口氏は帰らぬ人となってしまう。
「谷口さんがご存命だったら、この作品はまったく違ったものになっていたでしょう。ですが、運命はそうはさせてくれませんでした」
主役不在のドキュメンタリーにプロジェクトは中断されるかと思われたが、ピーター氏の遺品から10本の取材テープが発見された。長崎取材当時の通訳から、ピーター氏が録音メモをしていたことを聞き、監督がイザベルに探してもらっていたのだ。
このテープの音声は、元軍人であるピーター氏と被爆者の谷口氏に芽生えた友情、特別な絆を感じさせた。彼ら2人に導かれるように、映画制作は進んでいった。イザベルは、ストーリーテラーという役割だけでなく、プロデューサーという肩書でもクレジットされている。
「本作のアイデアは監督の美香さんで、彼女が私に会いに来てくれたことが始まりでした。
それから私は、父のカセットテープを見つけたり、当時のフランスのテレビ映像などアーカイブのリサーチをしたり、またそれの購入の交渉を担当しました。
映画を2人で一緒にを築き上げていったという感じでしょうか。本作はストーリー仕立ての内容になっていますが、このシナリオは共同執筆です。本当にコラボレーションの賜物です」