直木賞と本屋大賞を史上初めてダブル受賞した恩田陸の長編小説『蜜蜂と遠雷』が実写映画化された。国際ピアノコンクールを舞台に、松岡茉優、松坂桃李、森崎ウィン、鈴鹿央士ら演じる若きピアニストたちが腕を競い合う青春群像劇として仕上がっている。『六番目の小夜子』『夜のピクニック』など多彩な小説を発表し続ける人気作家・恩田陸が、創作の秘訣について語った。
原作者からひとつだけの注文
――『蜜蜂と遠雷』は3年に一度開かれる“浜松国際ピアノコンクール”を12年にわたって取材し、書き上げたそうですね。
本当はもっと早く書き上げるつもりだったんです(笑)。でも、コンクールに1~2回通ったくらいでは、完成させることはたぶんできなかったでしょうね。12年にわたってコンクールに通い続けたことで、こちらの耳もずいぶん成長したと思います。3年って意外とあっという間なんです。いつの間にか12年も経ってしまっていた、というのが正直なところです。
――コンクールに通うことで、楽しみ方も変わってきましたか?
変わってきましたね。単純に私の知っている曲が増えましたし、曲についての知識も豊富になりました。同じ曲でもコンテスタントが違えば、まるで違った演奏になる。そんな演奏の聴き比べをするおもしろさも、コンクールに通っているうちに少しずつわかってきたんです。やっぱり、クラシック音楽は聴けば聴くほどおもしろい。そうしているうちに、気づけば12年も経っていました(笑)。
――かつては天才少女と呼ばれた亜夜(松岡茉優)、ジュリアード王子と呼ばれるマサル(森崎ウィン)、異端児の塵(鈴鹿央士)、年齢制限ギリギリでの出場となった明石(松坂桃李)ら個性的なコンテスタントたちが演奏を競い合う豊饒な音楽世界。映像化は困難と考えられていたわけですが…。
石川慶監督はかなりご苦労されたと思います。でも、そんな苦労を感じさせない映画に仕上がっていますよね。私からお願いしたのは、「前編後編に分けないで、一本にまとめてください」ということだけでした。あとはお任せしました。原作は二段組みで506ページあり、すべて映像化するのは無理だとわかっていました。「映像化してみたいと感じたコアな部分だけで作ってください」という感じでお願いしたんです。小説と映像はまったく別ものだと思っているので、これまでも映像化作品に私からそんなに注文をつけたことはないですね。
キャストと実演したピアニストは似ている?
――完成した映画はいかがでしたか。
キャスティングが本当に素晴らしいです。松岡さんをはじめ、4人のコンテスタントたちはとても自然に演じていますよね。撮影監督は石川監督とポーランドで一緒に映画を学んだピオトル・ニエミイスキさん。ドキュメンタリータッチというか、すごくリアルにピアノコンクールの会場の雰囲気を映像化していると思います。
――少女時代に負ったトラウマを抱える亜夜と常識にとらわれない塵の二人が、二次予選の前にピアノで連弾するシーンは、映画で見事に再現されていますね。天才同士が触発しあい、神の領域へと近づいていく。
私もあのシーンは大好きです。とても素晴らしいシーンになっていると思います。亜夜、明石、マサル、塵の4人が浜辺を歩くシーンも大好きです。4人とも、とても自然な感じがしますよね。
――撮影現場の様子はご覧になったんでしょうか?
クライマックスになる本選の様子を1日だけ見学させていただきました。客席にいるエキストラとしてではなく、カメラの後ろのほうで拝見させていただきました。撮影現場では音楽は流れていなかったんですが、『蜜蜂と遠雷』のインスパイアード・アルバムのレコーディングでは、亜夜たちの演奏パートを担当したピアニストの方たちのリアルな演奏を生で楽しませていただきました。亜夜たちの4人の演奏を担当したピアニストの方たちは、河村尚子さんをはじめそれぞれキャストに雰囲気も似ているんです。明石の演奏を担当された福間洸太朗さんには「明石になりきって演奏した」と言っていただき、うれしかったですね。映画では一部分しか流れないので、フルバージョンが収録されているインスパイアード・アルバムもお勧めです(笑)。
――亜夜たちはコンクールが終わった後、どのような道を進んでいくのかも気になります。続編の予定などはありませんか?
いやぁ、いまは考えていません。亜夜たちがその後はどうなっていくのかは、読者のみなさんのそれぞれのご想像にお任せいたします(笑)。続編ではありませんが、『蜜蜂と遠雷』のスピンオフ小説を先日書き終えたところです。コンクールの課題曲となる『春と修羅』を作曲家の菱沼忠明はどのようにして生み出したのかなど、『蜜蜂と遠雷』にまつわる短編小説を集めたものにしています。映画の公開に合わせた形で出版されるはずです。