May 09, 2019 interview

朝井リョウは映画『チア男子!!』をどう観た? 映画版ならではの魅力、目標の青春スポーツ小説を語る

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映像の長所を活かした冒頭シーン、制作側に伝えた登場人物の“行動原理”

――映画をご覧になっていかがでしたか?

どうしても純粋な観客としてではなく、原作者として観てしまいますね。これまでの映画化では自分より年上の方たちが監督だったし、キャストは若かったけれどもキャリアは自分より長いとか、大船に乗らせていただくみたいな気持ちだったんです。

――今回、風間太樹監督は朝井さんより年下ですね。

そうなんです。初めての年下の監督、キャストの方々も割と皆さんこれからという感じの方が多かったので、「みんな、この映画をきっかけに大きく羽ばたいてね……!」みたいな気持ちで観てしまいました。この俳優はこんなに身体が動くんだとか、この監督はこんな映像が撮れるんだとか、そういうことが業界関係者に知れ渡ったらいいな、みたいな。映画を観るときは原作通りになっているかというよりも、映像の長所を活かしてどういうふうに作り変えたのかということに注目しているんです。原作をそのまま再現されても、だったら原作だけでいいじゃん、ってなりますよね。

――そうですね。

映画『何者』(16年)のときは、クライマックスで現実が舞台と繋がっているような演出があって、「文章ではできない表現だな」「舞台出身の三浦(大輔)監督ならではの表現だな」と嬉しくなりました。今回は冒頭の長回しのシーンが個人的にテンションが上がりました。「文章を映像に変換するにあたって創意工夫を凝らしてくれる方たちが撮った時間が、これから始まるんだ!」という気持ちにさせてもらえました。

――これまでも作品が映像化・映画化されてきていますけど、原作者として何か制作側にお願いしたりするのでしょうか?

今回に限っては、「ここをこう変えてくれ」ということではなくて、「このキャラクターはこういう行動原理で動く人間だから、ここでは発言しないと思う」とか、キャラクターごとの性格――行動原理をそれぞれ固めたうえで物語を組み立てていかないと心の流れが絡まってしまうよ、という話をしました。この作品って小説だと「学祭編」「大会編」があるんですけど、映画の時間軸は「学祭編」だけなんですよね。だけど、主要登場人物たちの心の流れは原作の「大会編」で発生しているものも含めて映画化されているんです。でも、学祭を目指しているときに生まれる集団のトラブルと、公式の大会に臨むときに発生する集団のトラブルは全く質が違います。だから、「学祭編」だけの時間軸で「大会編」の心の流れも書くというのは、ものすごく精査しないと成立しない試みなんです。脚本の初稿が正直「あれ?」という出来だったので、そのあたりをかなり細かく説明しました。

――朝井さんは小説を執筆するときは、登場人物の行動原理などの設定を細かく決めてから物語を進めることが多いんでしょうか?

はじめに細かく決めるというよりは、書きながら自然と定まっていく感覚です。極端な例ですけど、女性のキャラクターが夜道でひとりというシーンを書くとき、滅多な理由がないと「ウキウキ楽しそうに歩く」とかは書かないですよね。それは夜道でひとりというシチュエーションが、女性の目には危険なものとして映る可能性のほうが高いから。つまり、女性を書くときに「女性を書こう!」と思うのではなくて、「この人だったらこの景色からどんな情報を抽出するのかな?」って考えるんです。人間、赤ちゃんとして生まれた瞬間は、男女とか関係なしにみんな同じことを考えているじゃないですか。でも育つ過程で考え方が変わってくる。それって同じ景色を見ても受け取る情報が違ってくるからだと思うんですよね。同じ景色から受け取る情報の差がキャラクターの違いになっていると思うので、今回は脚本化された時点でそういうことをお伝えした記憶があります。

――長編小説ということもあって登場人物の感情が多く描き込まれていますけど、映画だとモノローグばかりにするわけにもいかないですよね。

特に私はどちらかと言えばモノローグが多い書き手だと思うので、映像化の話をいただくたび、モノローグを映像に変換するスキルがある監督でありますように、と願います。

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