教科書代わりとなった絵コンテ集
――クリエイターのみなさんに愛読書や影響を受けた作品を教えていただいています。五十嵐さんの場合は……?
先ほども話しましたが、草野心平さんの蛙の詩がすごく好きです。『海獣の子供』のクライマックスとなる「誕生祭」のイメージは、草野さんの詩の世界から影響されたものです。民俗学者・柳田國男さんの『遠野物語』も好きです。説明が過剰すぎず、読む側のイマジネーションを膨らませる文章ですよね。あのくらいの表現が一番いいんじゃないかと思うんです。『遠野物語』みたいな漫画が描けるといいですね。影響を受けたということでは、宮崎駿監督の『となりのトトロ』(88年)からの影響も大きい。漫画は記号的に描くことが多いんですが、『となりのトトロ』では水が水色ではなく透明で、空が映り込んでいたんです。アニメーションでそういう表現ができているんだから、漫画でもやっていいんだなと『となりのトトロ』は気づかせてくれたんです。
――言葉で説明するのでなく、映画なら1カット、漫画なら1コマで、世界を物語っているわけですね。
ちゃんとものを見て描くことが、エンターテイメントになることが分かったんです。宮崎駿監督から受けた影響は大きいですね。
――『海獣の子供』は海を舞台にした少年と少女の冒険談ですが、何となく宮崎監督が手掛けたテレビシリーズ『未来少年コナン』(78年/NHK)を彷彿させます。
僕も好きで観てました(笑)。意識したつもりはなかったんですが、琉花がジンベエザメの群れに巻き込まれて溺れそうになるのを“海”が救出する場面は、描き終わった後で「あっ、コナンだ」と自分でも思いました(笑)。意識下でも無意識下でも、宮崎監督からは影響を受けていると思います。『風の谷のナウシカ 絵コンテ』(アニメージュ文庫)は教科書代わりなんです。この場面はなぜこの構図なのか、どうしてこのカットはここからここまで切り取って見せているのかなど、宮崎監督の考えが分かるように解説されているんです。物づくりする上での考え方などの指針となった本ですね。もっと言えば、宮崎監督の『ルパン三世 カリオストロの城』(79年)をテレビで観て、こんなに面白いものが世界にはあるんだと感動したことで、今の自分がいるように思います。宮崎監督の世界に触れたことで道を踏み外しました(笑)。
――岩手の山村で暮らしていた五十嵐さんですが、今は海が近い鎌倉に在住。普段の生活で心掛けていることは何でしょうか。
山を身近に感じる生活が長かったので、海が近い場所で暮らすと、また違った感覚が得られるんじゃないかと思い、鎌倉で暮らし始めました。心掛けていることは漫画のネタになるかどうか、みたいに意識せず、日々の生活を楽しむということでしょうか。でも、漫画の連載中は締め切りに追われて、徹夜徹夜の連続です。海を眺めながらの悠々自適な生活はなかなか実現できずにいます(笑)。
取材・文/長野辰次
撮影/中村彰男
1969年、埼玉県生まれ。多摩美術大学美術学部絵画学科卒業。1993年に「月刊アフタヌーン」(講談社)で四季大賞を受賞し、漫画家デビュー。主な代表作に文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した『魔女』、日本漫画家協会優秀賞を受賞した『海獣の子供』、伊坂幸太郎との競作『SARU』(以上、小学館)などがある。岩手県の山村で暮らした体験を漫画化した『リトル・フォレスト』(講談社)は橋本愛主演作として2014年と2015年に分けて映画化された他、韓国版『リトル・フォレスト 春夏秋冬』が現在日本でも公開中。
自分の気持ちを言葉にするのが苦手な中学生の琉花は、夏休み初日に部活でチームメイトと問題を起こしてしまう。母親と距離を置いていた彼女は、長い夏の間、学校でも家でも自らの居場所を失うことに。そんな琉花が、父が働いている水族館へと足を運び、両親との思い出の詰まった大水槽に佇んでいたとき、目の前で魚たちと一緒に泳ぐ不思議な少年“海”と、その兄“空”と出会う。琉花の父は言った――「彼等は、ジュゴンに育てられたんだ」。明るく純真無垢な“海”と、何もかも見透かしたような怖さを秘めた“空”。琉花は彼らに導かれるように、それまで見たことのなかった不思議な世界に触れていく。三人の出逢いをきっかけに、地球上では様々な現象が起こり始め――。
原作:五十嵐大介「海獣の子供」(小学館 IKKICOMIX刊)
監督:渡辺歩
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師「海の幽霊」(ソニー・ミュージックレーベルズ)
アニメーション制作:STUDIO4℃
声の出演:芦田愛菜 石橋陽彩 浦上晟周 森崎ウィン 稲垣吾郎 蒼井優 渡辺徹 / 田中泯 富司純子
配給:東宝映像事業部
2019年6月7日(金)公開
©2019 五十嵐大介・小学館/「海獣の子供」製作委員会
公式サイト:https://www.kaijunokodomo.com/
2006~2011年に『月刊IKKI』(小学館)で連載された五十嵐大介による初の長編作品。自然世界への畏敬をベースに、14歳の少女とジュゴンに育てられた二人の兄弟とのひと夏の出逢いを、独特かつ圧倒的な画力とミステリアスに描く。日本漫画家協会賞優秀賞、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞に選出された。