Jun 06, 2019 interview

五十嵐大介、“幸福感”に包まれながら描いた『海獣の子供』誕生&創作秘話を明かす

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宇宙へ誘われる「誕生祭」のトリップ感

――琉花と“海”との出逢いから、この壮大な物語は始まるわけですが、連載スタート時から全体的なストーリーは想定していたんでしょうか。

いや、ストーリーは全然考えていませんでした。何となくジュゴンに育てられた少年と、彼と出逢うことになる少女の話にしよう。でも、物語の最後は海と宇宙とが繋がるようなものにしたいなとは思いました。詩人の草野心平さんが書いた「誕生祭」という詩があるんですが、この詩が僕は大好きなんです。ただ、山の沼で蛙たちが鳴いている様子を言葉で描写したものですが、その詩の世界観を自分なりに漫画として形にできればいいなと。それで、少年と少女が「誕生祭」へ向かっていくという、大まかな流れができたんです。

――『海獣の子供』に登場するクジラたちの迫力ある絵は、ほとんどボールペンで描いたそうですね。

つけペンも使っていますが、確かにボールペンで描いた部分は多いと思います。でも、僕にとってボールペンはいつも持ち歩き、スケッチなどにも使っているので、一番手に馴染んだ道具なんです。つけペンと違って往復で描けるし、横にすると意外と細い線も描けます。ただ、ボールペンはしなる部分がないので、肩はすごくこりますね。一時期はペンだこも結構ありました。それもあって最近の作品はボールペンの割り合いがかなり減っています(笑)。

――アシスタントも使わないと聞いています。

締め切り前は手伝いにひとり入ってもらいます。下書きの鉛筆部分を消しゴムで消してもらうのと指定した箇所のベタ塗り、それにスクリーントーンを貼ってもらうなどの作業ですね。基本、全てのコマの仕上げは自分で手を入れます。描くのが楽しいので、ひとりで描いていて、あまり苦にならないんです。

――『海獣の子供』のクライマックスである「誕生祭」で海洋生物たちが群舞するシーンは狂気に近いものを感じましたが……。

いや、楽しかったですよ。台詞はほとんどなかったので、余計なことを考えずに絵を描くことだけに没頭できたんです。楽しくて楽しくて、本当はずっともっと描き続けたかったんです。でも、台詞が全くないシーンが延々と続くのはさすがにどうかと思い、自重しました(笑)。

――「誕生祭」のシーンはページをめくるだけで、絵の世界に引き込まれ、一種のトリップ感を覚えます。読者がそうなら、描いていたご本人はそれこそ琉花たちと一緒に宇宙と一体化したような感覚だったんじゃないでしょうか。

そうですね。半分くらいは、そんな感じだったかもしれません。自分も宇宙にいるような感覚になりながらも、その一方では意外と冷静にその状況を見極めながら絵を描いている自分もいました。完全にトリップしたわけではないですね。でも、琉花たちのいる世界の中に自分も入っているような幸福感を感じながら描いていたように思います。

――読者からの反響も大きかった?

当時、読者からあのシーンがどうこうという具体的な感想があったかどうかは覚えていないんですが、いろんな人と話す機会があって「トリップ感があった」と言っていただくことが多く、嬉しかったですね。ダイビングも釣りもしない僕よりも海に詳しい人とも話すことが多くあったんですが、それぞれ自分の体験や知識と結びつけて、僕が意識していなかった部分まで読み取って、その人だけの世界、その人だけの『海獣の子供』になっていて、それはすごく勉強になりました。僕が考えて描いたものは大したものではないのに、読んだ人たちがそれぞれ補完して、より大きな物語にしてくれているように感じています。

――フルカラーで、動きもあり、音響も加えた劇場版『海獣の子供』はご覧になっていかがでしたか?

すごい映像体験だなと思いました。音と映像がもたらす力は、やはりすごい。僕の中にあったモチーフを、僕は漫画として表現し、映画のスタッフたちは同じモチーフをまた別の形のものとして完成させたように感じます。

――映画を観た後、もう一度原作コミックを読み直したくなります。

そうしてもらえると、嬉しいです(笑)。映画で描かれた琉花と原作の琉花は別の角度から見た同じ人と思ってもいいし、別人と思ってもいい。漫画と映画はパラレルワールドの関係にあると思って楽しんでもらってもいいし、それぞれ補うような形で映画と漫画を観てもらってもいいと思います。いろんな見方ができるし、観た人それぞれで独自の解釈をしていただいていいんです。

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