Jun 06, 2019 interview

五十嵐大介、“幸福感”に包まれながら描いた『海獣の子供』誕生&創作秘話を明かす

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どこにも自分の居場所のない少女がジュゴンに育てられた少年と出逢い、生命誕生の秘密に触れる『海獣の子供』。美術大学を卒業した漫画家・五十嵐大介の優れた画力とスケールの壮大さで読者を圧倒した傑作コミックが、「STUDIO4℃」によってアニメーション化された。企画から完成まで5年の歳月を要した劇場アニメ版は、フルカラー&音響の力を生かしたもうひとつの『海獣の子供』となっている。現代の神話といえる『海獣の子供』はどのようにして生まれたのか。原作者・五十嵐大介が創作秘話を語った。

生命が満ちている森と海は似ている

――作家や漫画家のみなさんは苦労して生み出した作品が映像化される際に「嫁に出すような気分」と心境を語ることが多いのですが、大変な力作『海獣の子供』を描き上げた五十嵐さんも同じように思ったのではないでしょうか?

僕はあまりそうは思わなかったんです(笑)。ひとつの作品を描き終わったら、「はい、終わり」と意外と割り切れるんです。自分がやることはもうないわけですから。ただ『海獣の子供』の映画化に僕があまり抵抗がなかったのは、『リトル・フォレスト』がすごくいい形で映画化してもらったことも大きいかもしれませんね。

――橋本愛主演作『リトル・フォレスト 夏・秋』(14年)、『リトル・フォレスト 冬・春』(15年)は滋味たっぷりな実写グルメ映画でした。

そうですね。僕の漫画はそう多くの人に受け入れられるものではありません。でも映画はそういうわけにはいかないので、うまく大勢の人に楽しんでもらえるようなものに変えていただければいいなとは思いました。

――そんなカルト的な魅力も秘めた漫画『海獣の子供』は、どのようにして誕生したのでしょうか。山村で暮らした実体験に基づいた『リトル・フォレスト』とはずいぶんテイストが異なります。

僕の中では『リトル・フォレスト』と『海獣の子供』はそんなには変わりません。地続きなんです。『海獣の子供』の主人公である琉花(ルカ)とジュゴンに育てられた“海”たちが泳ぐ海は、『リトル・フォレスト』を描いていた頃に過ごした山を歩いていたときの感覚を参考にしたものです。森の中は独特な世界で、すごく緊張感もあるし、生命の密度も高い。『リトル・フォレスト』の舞台となった山は熊が出てくるようなところで、熊は木にも登るし、低い草むらに潜んでいることもあるし、足元より低い沢を歩いていることもある。360度に注意を払いながら歩かないといけない。山歩きの感覚を海に置き換えながら、『海獣の子供』を描いたんです。森の中を歩きながら考えていたことが作品に繋がっているので、全く別の世界を描いたという気はしません。

――なるほど。北国の山村から南の海洋へと舞台を変えたのは、何かきっかけがあったんでしょうか。

直接のきっかけは単純に魚をたくさん描きたいなと思ったんです(笑)。ですが、その元といえば、沖縄へ初めてひとり旅をしたときの、3日間ずっと海と空を眺めながらの船旅がすごく楽しく、また沖縄は海の色が違い、その海に暮らしている生き物たちに興味を覚えたんです。図鑑を買ってページをめくっているうちに、魚たちのデザインに魅了され、自分で描きたくなってしまいました。なので『海獣の子供』は壮大なスケールの物語を描こうと考えたわけではなく、魚の絵を描きたいという単純な想いから始まったものなんです。