物語の舞台は1986年、十角形の奇妙な外観を持つ館‟十角館”が存在する角島(つのじま)。この館を建てた天才建築家・中村青司は、焼け落ちた本館・青屋敷で謎の死を遂げていた。半年後、無人島と化していた角島に、大学ミステリ研究会の男女7人が合宿で訪れる。その頃、海を隔てた本土では、かつてミス研メンバーだった江南孝明のもとに【死んだはずの中村青司】から1通の手紙が届く。<十角館に滞在するミス研メンバー>と<死者からの手紙>。「偶然とは思えない」――。江南は調査を進めるなか、島田潔という男と出会い、行動を共にしていく。一方‟十角館”では、ミス研の1人が何者かに殺害される。「犯人は一体誰だ?」疑心暗鬼に陥り、互いに仲間を疑いはじめるメンバーたち。孤島である角島から出ることができるのは、1週間後。2つの物語から起こる【想像を超えた衝撃の結末】とは。
ミステリー界の巨匠・綾辻行人。その代表作として世界中のミステリーファンを熱狂させ続けている「館」シリーズの記念すべき第1作目「十角館の殺人」の待望の実写映像化が実現し、Huluで独占配信中だ。緻密かつ巧妙な叙述トリックで読者をその世界に引き込みながらも、たった1行で事件の真相を描くという大胆な手法でミステリー界に衝撃を与えた名著「十角館の殺人」。その特異性から、映像化不可能と言われ続けた本作の映像化に挑むべく精鋭制作陣が集結した。監督は、映画『ラストサムライ』(2003) や『SAYURI』(2005) に参加してハリウッドで演出を学び、TVドラマ「安楽椅子探偵」シリーズ (1999〜) など緊張感のある作風を得意とする内片輝。脚本は、日本ドラマ界を代表する八津弘幸が手掛ける。
予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回はHuluオリジナル「十角館の殺人」の内片輝監督に、本作品やドラマ・映画への思いなどを伺いました。
「叙述トリックの具現化」という難問に挑む
池ノ辺 内片監督は、昔から映像の仕事をしたいと思っていたんですか。
内片 映画が好きでしたからね。作るという機会はあまりなかったんですけど、映画に関わることを生業(なりわい)にできたらいいなとは思っていました。
池ノ辺 そうして映像の世界に飛び込んで、いろんな作品を作り始めて、今回、「十角館の殺人」の映像化に挑戦したわけですが、これは映像にするのは難しいんじゃないかといろんな人が言っていましたね。監督は、もともと綾辻行人先生とお知り合いだとか。
内片 以前、別の作品、「安楽椅子探偵」という犯人当てのミステリードラマシリーズで、綾辻さんと有栖川有栖さんのお二人にその原作を書いていただいて、それを脚本化し監督するということをやったんです。僕がまだ20代の頃です。それで、いつか綾辻さんの本を映像化できたらいいなとずっと思っていました。もう20年以上前ですね。
池ノ辺 じゃあ、若い頃から綾辻先生とやりとりされてたんですね。
内片 やりとりというより、いつも試されている感じでした(笑)。「安楽椅子探偵」の原作はもちろん文章として書かれているわけですが、それを上手く映像化するには、どう解釈して、どう演出するかにかかっていますから。向こうは「大丈夫か?」という感じですし、こちらは「これでどうですか。これでいけますか?」というやりとりをする、そんなイメージです。それは映像作品がドラマとして面白いか面白くないかとは別のファクターで、毎回試験を受けているような緊張感。
池ノ辺 しかも読者の皆さんもそれぞれが頭の中で映像を作っているわけですから、難しいですよね。綾辻先生が思い描いていたものと、監督が映像化したものとの間で、ズレが大きくて大変だったということはあったんですか。
内片 綾辻さんからは、こんな感じの映像にしてくださいというリクエストは特にないんです。このキャラクターはこうでなければとか事細かにおっしゃるのではなく、基本的にはお任せしますというスタンスでいらっしゃるので、そこは助かっています。おそらく、映像化する上では、物理的なものも含めたさまざまな都合があるだろうということ、キャスティングもいろんな都合があるだろうとか、全部が全部自分の脳内と同じにはならないことは理解されていて、その上で、ミステリ、トリックとして大事なところだけはきちんと、という感じで。
池ノ辺 20代からの長いお付き合いで、そこにはしっかりと信頼関係ができていたので、監督の「十角館を撮りたい」という希望にも許可が出たんでしょうね。
内片 そういう理由はあったかもしれません。だいたい僕自身が「やらせてください」とは安易には言い出せませんでした。だって、やっぱり簡単じゃないですから! 最初は「叙述トリックを具現化する」方法が見つからなかった。「“十角館”の名前だけ残して、トリックは改変した別ドラマ」にはしたくない。そのままでなければ「十角館」じゃないし、そのためには何か工夫、発明が要る。ある日、方法は浮かんだのですが、その手法に対する自信がはっきりするまでは言い出せなかったんです。
池ノ辺 それが今回実現したということは、今までに監督が積んできた沢山の経験とか、技術の進歩とか、配信という選択肢とか、いろんなことが重なったんでしょうね。
内片 具体的に、懸案となるファクターが3つ、4つあって、それが全部クリアできたらおそらく映像化できるだろうと思いついたんです。それが役者の育成であったり、撮影手法であったり、原作への理解であったり。今回Huluさんで配信ドラマとして映像化、というのも大きなことでした。宣伝方法やフォーマット、制作期間といった制約が地上波とは違いますから、地上波だったらむずかしかったかもしれない。
池ノ辺 今回、綾辻先生に「やらせてください」と伝えた時はどうでした?「やっとか」という感じでしたか。
内片 いや、まず「できるの?」という感じでしたよ(笑)。もちろん、僕の「やりたい」という気持ちは理解してくださっていたと思いますが、同時に「本当にできるのか?」という心配もあったと思います。綾辻さんの読者の皆さん、とりわけ「十角館の殺人」という大人気作のファンの皆さんを満足させられるのかどうか、綾辻さんは読者の方たちをとても大切にされてますから、彼らの期待に応える作品になるのかという疑問、というか不安はやはりあったでしょうね。あとは、映像の手法を説明して理解していただくのはなかなか難しい。映像の専門家同士だったとしても、どこまでわかってもらえたか‥‥それでも、そこが何よりの腕の見せ所で。