民家で老人と訪問介護センターの所長の死体が発見された。捜査線上に浮かんだのは、センターで働く斯波宗典。だが、彼は介護家族に慕われる献身的な介護士だった。検事の大友秀美は、その訪問介護センターが世話する老人の死亡率が異常に高く、彼が働き始めてから自宅での死者が40人を超えることを突き止めた。
介護士でありながら、42人を殺めた殺人犯・斯波宗典に松山ケンイチ、その彼を裁こうとする検事・大友秀美に長澤まさみを迎え、葉真中顕の原作「ロスト・ケア」を、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(2018)、『そして、バトンは渡された』(2021)の前田哲監督が映画化。初共演の2人が互いの正義をかけて衝突する社会派エンターテインメント。
予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、『ロストケア』の前田哲監督に、本作品の見どころ、撮影時のエピソード、映画への思いなどを伺いました。
リハーサルなしの現場で生まれる俳優たちの熱い戦い
池ノ辺 素晴らしい映画でした。
前田 ありがとうございます。俳優さんが全身全霊で演じてくださいましたから。
池ノ辺 役者さんたちはどうやって決めたんですか。
前田 2013年、今から10年前に僕が原作を読んでいたときに、松山ケンイチさんから電話がかかってきたんです。松山さんとは『ドルフィンブルー フジ、もういちど宙へ』(2007)という映画でご一緒していて、「また一緒にやりたいですね」と言ってくれていました。その時の電話は「最近はどうしているの?」というものだったんですけど、「ちょうど面白い本に出会って、これを映画化したいと思っているんだ」と話すと、すぐにその本を読んでくれて、そこから、松山ケンイチの斯波宗典が動き出したんです。それから10年もかかってしまいましたけど‥‥。
池ノ辺 10年もかかったのは、難しい映画であるということもあったんでしょうか。
前田 そうですね。確かに理由は色々ありますが、いくつかの映画会社に断られて、最後に日活さんが引き受けてくれたんです。日活の有重陽一プロデューサーも同じ本を読んでいて、映画化したいがどういう切り口があるだろうかと考えていたところだったようです。僕はその時点で、誰に頼まれたわけではないのですが3つのパターンのシナリオを自分で書いていました。映画化したいという熱意を伝えるためには、企画書だけではだめだと思ったんです。
池ノ辺 その熱意が見事に伝わったんですね。
前田 具体的にどういう切り口で、となった時に、有重さんの方から、原作では男性である大友検事を、女性に変えてはどうかという話が出たんです。大友検事というのは主人公の斯波と対峙する重要な役ですから、確かにその方が映画的にも面白くなるだろうと2人で話し合って決めました。そうして脚本を変えることになり、女性にも入ってもらった方がいいということで龍居由佳里さんに入っていただきました。女性の視点ということもありましたが、自分としては言葉遣いが難しかったので助かりました。
池ノ辺 それで長澤まさみさんに白羽の矢が立ったと。
前田 松山ケンイチといえば、憑依系俳優などとも称されるほど、今の世代で誰もが認める力量のある俳優です。ですからその彼に匹敵する強力な役者が必要でした。それは、長澤まさみさんしかない!と思ったんです。長澤さんも松山くんと芝居をしたいと思ってくれていたようで、映画の題材にも興味持ってくれて、最終的にはシナリオを読んで決めてくれました。とても嬉しかったし、ありがたかったですよ。共演というか、対決、まさに松山VS長澤、ぶつかり合うわけですから、これはだれしも見てみたいですよね。
池ノ辺 おふたりのやりとりすごかったですね。強烈でした。どんなふうに撮ったんですか。
前田 基本的にはワンキャメです。例えば2人の対峙する場面では、松山くんの方からと長澤さんの方から各々撮って、カットバックで編集する。そして、できる限りテイクワンで決めていくようにしました。
池ノ辺 監督はほとんどリハーサルをしないんですよね。
前田 そうです。リハーサルはしないですが、長澤さんとは撮影前に、台本を1ページごとにめくって台詞や感情の流れの話をしました。松山さんとは、台本を改定していくごとに話してきたので、そのための時間は必要なかったです。若い2人、鈴鹿央士くんと加藤菜津さんのために読み合わせはしましたが、松山さんと長澤さんとの読み合わせはせず、お互いに手の内を明かさずに本番でバンとぶつかるようにしています。
僕は、芝居の基本はリアクションだと思っていて、そうした何も情報がない中で相手がこう来たら咄嗟にどう動くか、そのときに思わず出てしまう感情のような、生身のものをどう汲み取るかということを大事にしたいんです。それがリアルだしそれが面白い。相手にどう返すかというところで、例えば「それは正義ではない」という言葉のニュアンスさえも違ってくる。
池ノ辺 じゃあ、実際に松山くんと長澤さんはそういう中でぶつかり合ったわけですね。
前田 何の打ち合わせもないまま、現場であの戦いができたんですから、2人はやはりプロの役者ですよね。
池ノ辺 斯波のお父さん役、柄本明さんもすごかったですね。
前田 あの人はモンスターですよ(笑)。実は、柄本さんのシーンは2日で撮りました。その短い期間の中で、どんどん認知症が進んでいく感じを、身体と芝居、そして言葉で見事に表現していました。本当に信頼できる俳優さんです。