Sep 17, 2022 interview

荻上直子監督が語る 頭にあったいろんなものがつながってできた『川っぺりムコリッタ』

A A
SHARE

北陸のある町にある古めかしいアパート「ハイツムコリッタ」。そこに暮らし始めた山田たけし(松山ケンイチ)は、イカの塩辛工場で働きながら、誰ともかかわらずに静かで孤独な生活を送るつもりだった。ところが隣人の島田幸三(ムロツヨシ)や、大家の南詩織(満島ひかり)、墓石販売の溝口健一(吉岡秀隆)ら奇妙な住人たちとかかわりを持ったことから、山田は少しずつ心を開き始める。

“食”を介して描かれる、生きること、死ぬこと。生と死の境界のような世界が心地よく広がる『川っぺりムコリッタ』を監督したのは、大ヒット作『かもめ食堂』『彼らが本気で編むときは』の荻上直子。

予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表を務める池ノ辺直子が、映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』では、荻上直子監督に不思議な魅力に満ちた映画がどのように生まれ、松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかりといった俳優たちと、どのように映画を生み出していったのかをうかがいました。

友だちがつけた“ムコリッタ”

池ノ辺 『川っぺりムコリッタ』、やっと公開ですね。

荻上 1年待ってやっと公開になりました。だから、いろいろ忘れちゃってます(笑)。

池ノ辺 最初の公開予定だったときにも拝見していたんですが、私も忘れていたらいけないと思って(笑)、もう一回見直しました。公開が1年おあずけになっていた間、監督はどうされていたんですか?

荻上 映画を作ってました。

池ノ辺 公開されるまでに、もう次の映画を作ってたんですね(笑) 。

荻上 映画を作ったし、この1年はすごく仕事をしました。

池ノ辺 すごい!ところで『川っぺりムコリッタ』っていう不思議なタイトルは、監督のお友達がつけたと聞いたんですが?

荻上 そうなんです。国語の先生をしている友だちがいるんですが、彼女にタイトルをつけてもらったんです。

池ノ辺 その段階では、監督が考えた仮題みたいなものはなかったんですか?

荻上 何も浮かばなかったですね(笑)。タイトルに迷っている時に、その友だちが脚本を読んで、「“ムコリッタ”という言葉があるんだけど」って。仏教の時間の単位のひとつで、その言葉が昼から夜に変わる時間とか、生と死の間の時間みたいなのが表現できるんじゃないかということで、いいタイトルをつけてもらいました。

ムロツヨシの匂いを消す

池ノ辺 『川っぺりムコリッタ』は、登場する俳優さんたちが、みんな素晴らしかったです。みなさん、これまでに見たことがない表情を見せてくれるんですが、松山ケンイチさんを主役にするっていうのは、どうやって決めたわけですか?

荻上 脚本を書き終わって、役者さんを誰にしようかなって考えながら、ウディネ・ファーイースト映画祭っていうイタリアの映画祭に行ったんです。その日の夕食に行ったら、松山ケンイチさんが前に座ってたんですよね。これは運命だと思って、最初から松山さんにお願いしたんです。

池ノ辺 実際に監督と主演俳優として松山さんと向き合って、いかがでしたか?

荻上 脚本に対する理解力が人並外れていて、頭だけで理解するんじゃなくて、全身でちゃんと理解して、それを体で表現してくださる、すごい役者さんだと思いました、本当に。

池ノ辺 隣人役のムロツヨシさんはチャーミングでしたね。本当にああいう人いると困ったなと思うかもしれないけれど、すごく人間味にあふれていて。ムロさんは今までのイメージと全然違うと思ったんですが。

荻上 ムロさんには、すごく努力してもらいましたね。最初、初日かな。どうしても私の思うような感じではない気がして。

池ノ辺 初日のムロさんは、どんな感じだったんですか?

荻上 “ムロツヨシ”が出ていた感じです(笑)。サービス精神が旺盛というか、すごいエンターテイナーでいらっしゃるから、ほかの役者さんにもスタッフにも気を遣うし、いい人なんですよ。でも、気を遣いすぎちゃってて、そこはいいから、とにかく役のことを考えてくれって、一緒にご飯食べながらそういう話をしたんです。「まだムロツヨシの匂いがする」みたいなすごい失礼なことも言いながら(笑)。そうしたら、すごく目に見えるような努力をしてくださって、一生懸命役に向き合ってくださった。本当に日々、この役になっていった気がします。

池ノ辺 真面目な方なんですね。ムロさんの表情も、今まで見たことない豊かな表現をされていて。その意味では、満島ひかりさんも、今までにちょっと見たことない表情を見せてくれていますね。

荻上 タクシーの中とか、カメラが回っていない時に、こちらがハッとするようなきれいな表情をするときがあって。あんまりきれいだから、カメラ回せ回せみたいなこともありました(笑)。あれはなんでしょうね? 彼女は本当に動物的な感性の持ち主だなという気がします。