Jun 25, 2022 interview

是枝裕和監督が語る『ベイビー・ブローカー』 「生まれない方がよかった命なのか」の問いに答える作品

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「生まれない方がよかったのか」の問いに答える映画を

池ノ辺 監督のこれまでの作品は、家族をテーマにしているものが多いように思っていたのですが、今回の作品はどうでしょうか。

是枝 もちろん疑似家族の話ではあるのですが、最初にあったのはそこではなくて‥‥。韓国でも日本もそうですが、赤ちゃんポストの存在というのは、いろんな評価が入り乱れています。この映画の中で、ペ・ドゥナさんが演じるスジンという刑事が最初に発する言葉「捨てるなら産むなよ」というのが、厳しいけれど多くの人が母親に対して思う言葉ではないでしょうか。父親は批判されないけれど母親は批判される、その最も一般的な言葉だと思います。「捨てるなら産むなよ」という言葉は、裏を返せば「生まれない方がよかった命なのだ」ということです。

この映画は、その価値観を、スジンの中、つまりは観客の中で、2時間かけてどう反転させていくかということを縦軸にした物語にしなければいけないと思っていました。それはなぜかといえば、この作品に関連していろいろと取材を重ねていくなかで、赤ちゃんポストに捨てられた子供や施設に預けられた子供たちが、自分が生まれたことを肯定できない、肯定できずに大人になっていくという現実に触れて、そのことに対するアンサーを、大人としては何かしなければいけないのではないかと、今回は真面目に考えました。

2時間かけてスジンが変わったように、少なくとも最初に「捨てるなら産むなよ」と思っていた観客が、最後にはその言葉を口にできなくなるような映画にしなければ、と思ったのです。ですから、今回の映画の中心にあったのは、家族というより「命」、ですね。言葉にしてしまうと、ちょっと陳腐かもしれませんが、そういう映画にしようと思いました。

池ノ辺 監督のおっしゃっていること、すごくわかります。
ではいつも皆さんにお聞きしてるんですが、監督にとって映画とはなんですか。

是枝 一番答えにくい質問ですね(笑)。40年以上続いている趣味でもありもちろん仕事でもあり、正直いうとこの数年、人生の、生活の大半は撮影の現場にいるので、改めて問われると、あなたにとって生活とはなんですかと問われているという感じですね。

池ノ辺 最後に、映画に関わっている若い人たちに、メッセージをいただけますか。

是枝 今は、「映画の現場は楽しいよ、いい職場ですよ」となかなか言いにくい状況があるじゃないですか。それはフランスや韓国と比べてしまうと、なかなか言い切れないけれども、正直にいうと、僕はこの仕事は天職だと思っているし、こんなに楽しくてお金を貰えてなんて幸せなんだろうと思ってます。だから僕らが若い人たちにできるのは、彼らがいろんなプレッシャーを感じないで働ける環境を整えていくことも、もちろんやってきたつもりですけど、何より、自分が楽しそうにしているということが答えかなと思っています。ですから、とにかく日々楽しく過ごしています。

池ノ辺 それはとても大切なことですね。私も予告編作りが大変じゃなく、楽しいんだよ!と日々精進します。

インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 佐々木尚絵

プロフィール
是枝 裕和(これえだ ひろかず)

脚本・監督

1962年6月6日、東京都生まれ。早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。2014年に独立し制作者集団「分福」を立ち上げる。主なTV作品に、「しかし・・・」(91/CX/ギャラクシー賞優秀作品賞)、「もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~」(91/CX/ATP賞優秀賞)などがある。1995年、『幻の光』で監督デビューし、ヴェネチア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。2004年の『誰も知らない』では、主演を務めた柳楽優弥がカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞。その他、『ワンダフルライフ』(98)、『花よりもなほ』(06)、『歩いても 歩いても』(08)、『空気人形』(09)、『奇跡』(11)などを手掛ける。

2013年、『そして父になる』で第66回カンヌ国際映画祭審査員賞を始め、国内外で多数の賞を受賞。『海街diary』(15)は第68回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、日本アカデミー賞最優秀作品賞他4冠に輝く。『海よりもまだ深く』(16)が映画祭「ある視点」部門正式出品。『三度目の殺人』(17)は第74回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品、日本アカデミー賞最優秀作品賞他6冠に輝いた。

2018年、『万引き家族』が、第71回カンヌ国際映画祭で栄えある最高賞のパルムドールを受賞し、第91回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、第44回セザール賞外国映画賞を獲得。第42回日本アカデミー賞では最優秀賞を最多8部門受賞する。2019年には、カトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークらを迎えた初の国際共同製作作品『真実』は日本人監督として初めてヴェネチア国際映画祭コンペティション部門オープニング作品に選定された。

作品情報
映画『ベイビー・ブローカー』

古びたクリーニング店を営みながらも借金に追われるサンヒョンと、赤ちゃんポストがある施設で働く児童養護施設出身のドンス。ある土砂降りの雨の晩、彼らは若い女ソヨンが、赤ちゃんポストに預けた赤ん坊をこっそりと連れ去る。彼らの裏稼業は、ベイビー・ブローカーだ。しかし、翌日思い直して戻ってきたソヨンが、赤ん坊が居ないことに気づき警察に通報しようとしたため、2人は仕方なく白状する。「赤ちゃんを大切に育ててくれる家族を見つけようとした」という言い訳にあきれるソヨンだが、成り行きから彼らと共に養父母探しの旅に出ることに。一方、彼らを検挙するためずっと尾行していた刑事スジンと後輩のイ刑事は、是が非でも現行犯で逮捕しようと、静かに後を追っていくが‥‥。

監督・脚本・編集:是枝裕和

出演:ソン・ガンホ 、カン・ドンウォン 、ペ・ドゥナ、イ・ジウン イ・ジュヨン

配給:ギャガ

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公開中

公式サイト babybroker

池ノ辺直子

映像ディレクター。株式会社バカ・ザ・バッカ代表取締役社長
これまでに手がけた予告篇は、『ボディーガード』『フォレスト・ガンプ』『バック・トゥ・ザ・フューチャー シリーズ』『マディソン郡の橋』『トップガン』『羊たちの沈黙』『博士と彼女のセオリー』『シェイプ・オブ・ウォーター』『ノマドランド』『ザ・メニュー』『哀れなるものたち』ほか1100本以上。
著書に「映画は予告篇が面白い」(光文社刊)がある。 WOWOWプラス審議委員、 予告編上映カフェ「 Café WASUGAZEN」も運営もしている。
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