Nov 26, 2019 interview

冲方丁×又吉直樹の“人間失格”対談!脚本&小説の執筆裏話、太宰作品が愛される理由を語る

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太宰を読み続けてきた人間による『人間』

――又吉さんの新刊『人間』は、太宰の『人間失格』を聖書代わりにして読み返しているという主人公の物語です。又吉さん自身も、『人間失格』を愛読してきたわけですね。

又吉 僕自身が『人間失格』は100回以上読み直していて、「あ、こんなこと考えるのは自分だけやないんや」と安心できるんです。途中からは、人生を生きるためのテキストとして『人間失格』を読み続けると自分はどうなるんだろうという興味もあって、さらに読み返すようになりました。

冲方 『人間』、読ませてもらいました。『火花』『劇場』に続いて、才能をめぐる繊細な物語が綴られていて、とてもおもしろく読むことができました。お笑い芸人がネット記事を書いたライターを攻撃するあたりなど、太宰っぽさもあるんですが、太宰オマージュというよりも又吉さんの小説にきちんとなっている。『人間失格』を読み重ねてきた人間が小説を書いたらどうなるのか、というのがこの小説の答えなのかなとも思いました。僕らが知っているようでじつは知らないお笑い業界や創作の世界の内情が、とても地道に書かれている。想像を羽ばたかせるというよりも、自身の体験を咀嚼したような文章です。繊細さを描こうとすると、繊細さを描くための工夫みたいなものが表に出てきてしまうものですが、又吉さんの文章には嘘っぽいところがなく、すごく安定して書かれている。又吉さんは太宰の小説を読むとすごく安心すると話されていましたが、又吉さんの読者も『人間』を読んですごく安心感を覚えると思います。

又吉 うれしいお言葉です。『人間』は読む人によって、感想がまったく異なるんです。僕に近い人たちからは「自分のことが書かれていると思って、途中で読むのを止めようかと思った。でも、最後まで読んだら違った印象になったから、最後まで読んでよかった」みたいな感想をもらいましたね。「もう少しで、又吉さんのことを嫌いになるところでした」とか(笑)。

――冲方さんも言われましたが、文化人としても活躍するお笑い芸人が、出演番組を酷評したネットライターに論争を仕掛ける場面はとても印象に残ります。『人間』に登場する人物は主人公だけでなく、小説を書くことになるお笑い芸人も、お笑い芸人に批判的なネットライターも、又吉さんの中にいるキャラクターなわけですよね。

又吉 そうですね。説明するまでもなく、ケンカを描きたくて、あのシーンは書いたわけではないんです。それぞれに主張があって、世間と個人が完全に分かり合えることはできないよな、と。こっちから見たら世間やけど、その世間もじつはバラバラに分離している。そんなどうしようもなさを書きたかったというか、そんなふうにして社会は成り立っていると思うんです。僕がそんな考え方をするようになったのは、じつはここ数年のこと。『人間』を書きながら考えていたことでもあり、『HUMAN LOST 人間失格』を観てても、「社会って、こんなふうになっているんやなぁ」という見方をしていました。

取材・文/長野辰次
撮影/三橋優美子

プロフィール
冲方丁(うぶかた・とう)

1977年、岐阜県生まれ。4歳から9歳までシンガポール、10歳から14歳までネパールで過ごす。1996年に『黒い季節』が角川スニーカー大賞を受賞し、小説家デビュー。本屋大賞を受賞した『天地明察』は2012年に映画化。直木賞候補となった『十二人の死にたい子どもたち』も2019年に映画化された。そのほかの代表作に、日本SF大賞を受賞した『マルドゥック・スクランブル』、山田風太郎賞を受賞した『光圀伝』など。『蒼穹のファフナー』『攻殻機動隊ARISE』『攻殻機動隊 新劇場版』『PSYCHO-PASS サイコパス』などアニメ作品の脚本やシリーズ構成を手掛けることも多い。

又吉直樹(またよし・なおき)

1980年、大阪府生まれ。高校卒業後、1999年にNSC(吉本総合芸能学院)東京校に5期生として入学。2003年にお笑いコンビ、ピースを結成。2015年に処女小説『火花』で芥川賞を受賞。『火花』は300万部を越えるベストセラーとなり、Netflixでの連続ドラマ化に続き、2017年に映画化された。小説2作目となる『劇場』は2020年に山﨑賢人と松岡茉優の共演、行定勲監督による映画化が予定されている。そのほかの著書に『第2図書係補佐』『東京百景』『夜を乗り越える』など。教養バラエティ番組『又吉直樹のヘウレーカ!』(NHK Eテレ)にMCとして出演中。

公開情報
『HUMAN LOST 人間失格』

昭和111年――医療革命により死を克服し、GDP世界1位、年金支給額1億円を実現した無病長寿大国・日本、東京。大気汚染と貧困の広がる環状16号線外“アウトサイド”で怠惰な暮らしを送る大庭葉藏(宮野真守)は、ある日、暴走集団とともに特権階級が住まう環状7号線内“インサイド”へ突貫、激しい闘争に巻き込まれる。そこで“ロスト体”と呼ばれる異形体に遭遇した葉藏は、不思議な力を持った女性・柊美子(花澤香菜)に救われ、自分もまた人とは違う力を持つことを知る。暴走集団に薬をばらまき、ロスト体を生み出していたのは、葉藏や美子と同じ力を持つ堀木正雄(櫻井孝宏)。正雄は言う。進み過ぎた社会システムにすべての人間は“失格”した、と。文明崩壊に向け自らのために行動する堀木正雄、文明再生に向け誰かのために行動する柊美子。平均寿命120歳を祝うイベント“人間合格式”を100日後に控え、人ならざる者となった大庭葉藏が選択するものとは――。
原案:太宰治『人間失格』より
監督:木﨑文智
スーパーバイザー:本広克行
ストーリー原案・脚本:冲方丁
キャラクターデザイン:コザキユースケ
アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ
声の出演:宮野真守、花澤香菜、櫻井孝宏、福山潤、松田健一郎、小山力也、沢城みゆき、千菅春香
主題歌:m-flo「HUMAN LOST feat. J. Balvin」(rhythm zone/LDH MUSIC)
配給:東宝映像事業部
2019年11月29日(金)公開
©2019 HUMAN LOST Project
公式サイト:human-lost.jp

書籍情報
『人間』又吉直樹/毎日新聞出版

絵や文章での表現を志してきた永山は、38歳の誕生日、古い知人からメールを受け取る。若かりしころ“ハウス”と呼ばれる共同住居でともに暮らした仲野が、ある騒動の渦中にいるという。永山の脳裡に、ハウスで芸術家志望の男女と創作や議論に明け暮れた日々がよみがえる。当時、彼らとの作品展にも参加。そこでの永山の作品が編集者の目にとまり、手を加えて出版に至ったこともあった。一方で、ハウスの住人たちとはわだかまりが生じ、ある事件が起こった。忘れかけていた苦い過去と向き合っていく永山だったが――。漫画家、イラストレーター、ミュージシャン、作家、芸人…。何者かになろうとあがいた季節の果てで、かつての若者たちを待っていたものとは――。