Nov 21, 2017

インタビュー

【原田マハに聞く】なぜ今ゴッホなのか?『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』を超えたアート小説の裏側に佐藤直樹が迫る!

取材当日、佐藤直樹さんの姿を見かけると「あら、こんなところにダンディな男性がいると思ったら!(笑)」と再会を喜んだ原田マハさん。気鋭のアートディレクターで自身もアーティストとして幅広く活躍する佐藤直樹さんと作家・原田マハさんの親交は深い。新聞連載小説『リーチ先生』の執筆時に、原田さんが直々に挿絵をお願いしたのも佐藤直樹さんだった。今年5月に佐藤さんが都内で個展を開催した時には、パリから駆けつけてトークイベントにも登壇した原田さん。今回はゴッホの知られざる真実をめぐる新作『たゆたえども沈まず』について、佐藤さんが原田さんにお話しを伺います。“アートが深めた旧知の仲”であるお二人が、主人公である元祖“クールジャパン”とも言える日本人画商・林忠正について、そして原田さんがタイトルに込めた想い、さらに日本のゴッホ・ブームに隠された真実や、「そもそも、なぜいまゴッホなのか?」という疑問に至るまで、話が弾みました。

 

なぜ日本のゴッホブームは
終わることなく続くのか

 

佐藤 読みました。……いやあ、僕はほんとうに読んでいて身につまされる思いでした。

原田 アーティストが(この小説を)読むと、そうでしょうね。

佐藤 その感想は後でお話しさせていただくとして、なぜいまゴッホを書こうと思ったのですか?

原田 実は、佐藤さんに挿絵を描いていただいた『リーチ先生』の執筆時から構想が動き始めていました。もともと私は日本における印象派や後期印象派の需要の高さに興味があったんです。日本人って、ゴッホとかロダンとか、印象派がすごく好きじゃないですか。なぜこんなにも好かれて、どうしてこんなに魅かれるのだろう?ということをずっと考えていて。今またゴッホの映画や展覧会が開催されていてブームですが、このブームってずーっと続いている状態ですよね?

佐藤 ブームって、普通去るものだけど、たしかに日本におけるゴッホ人気はずっと続いていて、なかなか、ブームが去らないですもんね。

原田 それはつまり、作品の元になる部分に、日本人が共鳴する土台があるんじゃないかと思っていて、それをよくよく調べていったら白樺派の存在につながったんです。白樺派の運動は今から100年以上も前の話じゃないですか。当時、アジアでは全く無名だったゴッホというアーティストを、柳宗悦たちが取り上げて白樺派が日本で紹介しました。バーナード・リーチもヨーロッパにいた時には(ゴッホを)知らなかったのに、日本に来て初めて知ったというくらい、柳にゴッホの絵を教えられて感動したという……。そのあたりのことは『リーチ先生』でも書きましたけど。

佐藤 そうですよね、僕、『リーチ先生』の時に、ゴッホの絵を水彩で模写しましたもん。

原田 その節はありがとうございます。でも、当時はゴッホって、現代アート最先端ですよね? びっくりしたのが、そんなにも昔から、日本人は、ゴッホのような現代アートに対する感性というものを持っていたということです。そしてさらに衝撃だったのは、それ最初に導入したのが白樺派だったということ。なぜゴッホや印象派という新しい現代アートのムーブメントが日本に輸入されるようになったのか、そもそもなぜ私たちがその現代アートを、柳宗悦をはじめとする100年以上前の日本人が親しみを覚えるようになったのか。そのあたりを更に調べていくと、一人の日本人画商の存在が浮かび上がってきて、それが林忠正だったんです。だから印象派とか後期印象派は今でこそオークションに出されると天文学的金額になるような作品で世界中の人たちから愛されていますけど、やはりそれも何もないところから始まったのではなく、きっかけがあった。そのきっかけは何だったのかと、それが林忠正の活躍で、つまり日本美術にあったということに気がついたんです。日本でゴッホや印象派ブームを維持し続けられる背景には、日本美術の影響があったからだ。だから私たちが親しみを持つのは当然のことなんだという結論に行き当たったのです。

 

 

アヴァンギャルドも現代アートも
印象派も壁画もすべて繋がってる

 

佐藤 でもアートに関わってきた立場からすると、印象派とかゴッホに対して、ちょっとした反発心ってなかった?

原田 若い頃はありましたね。私は20代の頃は現代アートが大好きで、「アートはアバンギャルドな作品じゃなきゃ。印象派?ゴッホってなに?」なんて突っ張っていた時期がありました。でも、よくよく考えてみたら、すべての現代アートのルーツって19世紀に起こったアバンギャルドのムーブメントに繋がっているわけで、そのルーツをすっ飛ばして現代アートばかり述べるのも偏っているのではないかと思い直しまして、それから印象派とかゴッホを追いかけるようになりました。アバンギャルドのルーツが知りたかったから。

佐藤 アバンギャルドへの興味から、そのルーツをたどって、印象派に出会ったんだね。僕らの世代だと、やっぱり印象派って評価が確立された後のある種の“権威”だから、どうしても反発してしまう感じがあった。それに過去の名作って、まず印刷物で作品を鑑賞することになるから、原画と対峙していきなりズドーン!と出会うことができない。つまり、イメージが先行して独り歩きしているじゃないですか。僕は原画を鑑賞して初めて「これまで作品を見た気になっていて、何も分かってなかった」と衝撃を受けたのが、ゴッホもそうだけど、等伯の松林図です。

原田 松林図なんて、なかなか見る機会ないですよね。

佐藤 ですよね。作品の評価が固定されてイメージが流布されると、いくら素晴らしい作品でも、本質とは違うところで記号化して見てしまうので、そのイメージに対して反発心をもってしまう。決して、絵に反発しているのではないんですけどね。アートに関わっている人ほど、ゴッホも含めて、印象派、後期印象派にはその傾向があると思います。原田さんは、「アバンギャルドな現代アートの源流をあたってみよう」と思ったきっかけは何だったの?

原田 それはね、若気の至りでコンテンポラリーアートに走って、美術史を一から勉強し直してみようと思ったきっかけが大きかったですね。30代になったばかりの時に、美術史を勉強し直すために、早稲田大学に入り直したのですが、その時にものすごい受験勉強して、西洋美術史の4000年の流れみたいなものを一気に学びました。その時に、やはりアートは、それまでの過去の美術史の影響を受けながらずっと潮流を作ってきたということが本当によくわかったんです。例えば、ポロックを遡ると、そこにはピカソがいて、ゴッホがいて、その前はモネがいて、どんどん遡ると、最終的にはラスコーの石窟に結びつくんじゃないかというというところまで行きついてしまう。一枚の絵に与えた影響を深く掘っていくと、根っこの部分で全部繋がっているということに気づいて、びっくりしたんです。だから一概に「これは古い絵だ、過去のアートだ」と切り捨てることなんて絶対できないんだなって。

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