Nov 03, 2019 interview

俳優というよりダンサーという意識がある―ウィレム・デフォーが語る独自の演技論、芸術からの影響

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絵画を学んだことが「演技全体に影響」

――「きっとゴッホは、こんなふうに絵を描いていたのだろう」という雰囲気がスクリーンから伝わってきました。

もちろんジュリアンの画風は完璧にゴッホと一致するわけじゃないが、彼はゴッホの“テイスト”を理解していた。ゴッホの画法を再現するうえで、重要なポイントが2つあったんだ。筆で1か所に点を入れ、また別の1か所…と続けていく。点が増えていくことで、たがいに影響し、連動し合う。この過程は、人間の考え方と似ていて、人生の哲学を学んでいる錯覚に陥ったよ。とても不思議な体験だったね。

――ゴッホの画法と演技の方向性に共通点がありそうですね。

そうなんだ。(目の前の水の入ったグラスを触って)このグラスをつかむ。そして放り投げる。こうした一連の動きが、そのシーンにおいてどんな意味を持つのか。そんなことを点を描きながら意識させられたよ。

――もうひとつのポイントは?

例えばレンガの壁を描くとする。その際、目に見えるイメージを一度壊して、形や色、明るさの関係を見つめ直すんだ。そうすることで固定観念が取り除かれ、レンガの壁の表面に隠れたミステリーが浮かび上がってくる、というわけさ。目の前の物がいかに美しく変容できるかを教えられたね。この感覚は絵画のシーンだけでなく、僕の演技全体に影響を与えたと思う。その結果、ゴッホの好奇心やドラマチックな緊張感を表現できたんだ。絵画を学ぶことが演技へのアプローチも変えたわけで、これは僕にとっても初めてで、本当に心から素晴らしい体験になったよ。

――ゴッホの絵画への情熱は、あなたの演技への情熱と似ていますか?

ゴッホの表現への情熱とは比べられないな。僕にとって演技は、その人物が何を表現したいのかを伝えるというより、本能的に役に入り込んで、思いを感じ取るということ。あくまでも自分ではない存在だからね。たしかにその状況に身を置くことで、自分を投影している部分はあるだろう。でも、ほんの限られた範囲だ。自分自身をさらけ出すことではない。今回の場合も、彼が絵について語ることを、完璧に理解できたとは思わないし、過酷な日常の中でアートへの陶酔を感じて生きるなんて、共感すら難しいと感じる。だから僕は、ゴッホの情熱には到達していない。

――60代のあなたが、30代のゴッホを演じたわけですが、そこは意識したのですか?

いや、まったく意識しなかった(笑)。その部分を心配する人もいたけれど、調べたところ、ゴッホが生きた時代のフランスの平均寿命は42歳だった。だから、当時37歳だったゴッホと、62歳で演じた僕の立ち位置はあまり変わらないと納得して演じたのさ。