- 安彦:
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ここでまた富野由悠季の話になっちゃうんだけど、彼のアニメに具体的な地名を盛りこんでいくスタイルは独特でした。『ザンボット3』(1977年)の時に避難民が遠くの方に疎開するんですが、それがなぜか青森県の野辺地なんですよ。僕は学生時代に弘前にいたんで、ビックリしてね。なんでいきなり野辺地なんだろうって。あの頃、ロボットアニメでそういうことをする人はいませんでした。
- 古川:
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アムロの出身地も山陰地方でしたよね。
- 安彦:
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あれは当時、アニメの主人公は日本人の血を継いでないといけないという姑息なルールがあったからですね。日系ってだけだと突っ込まれたときに困るから山陰にしたんです。ずっと後から知ったんですけど、富野夫人の田舎なんだそうですよ。鳥取の大きなお店のお嬢さんだったそうで。
- 古川:
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山陰はそれで納得できたんですが、ベルファストとかはどこから選んでくるんですかね。他の作品でも突然、え? って言うような地名が出てくるじゃないですか。
- 安彦:
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キャラクター名とかも、ランバ・ラルとか、マ・クベとか、国籍不明な名前も多かったなあ。「トミノ語」の一環ですよね。
- 古川:
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そうですね。
- 安彦:
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ただ、そうした中、古川さんを前にして言いにくいんだけど、カイ・シデンという名前は安易だったよね。
- 古川:
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紫電改をひっくり返しただけですからね(笑)。
- 安彦:
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キッカ=菊花とかね。油断しているとそういう投げやりなネーミングもあるんです(笑)。それで、実は『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』では、カイの名前を変えようと思っていたんですよ。シデンは名前としておかしいから、シデムにしようとかって。
- 古川:
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ええ、本当ですか?
- 安彦:
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でもそうしたら、変えちゃダメですって、周りからものすごく言われて。さすがにもう動かせませんって。
- 古川:
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そりゃそうですよね(笑)。僕にとってもカイは、カイ・シデン、ですよ。
- 古川:
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一昨年からOVAシリーズというかたちでスタートしたアニメ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』ですが、過去編からスタートしたのはどういった狙いがあったんですか?
- 安彦:
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テレビシリーズも含めて、いろいろなかたちを検討したんだけど、OVAでやろうということに決まって、じゃあ、時系列通り過去からやっていった方が良いんじゃないかということになりました。これまで一度もアニメ化されていない部分なので、スタッフに対しても処女地に切り込むんだという言い方ができて、気も楽だったし。
- 古川:
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「リメイク」ではない、と。
- 安彦:
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もちろん、本編をもう一度しっかり描いて、海外でもどこでも持って行けるものにしたいという気持ちもあります。
- 古川:
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ところで、安彦先生は一度はアニメ業界から手を引いて、漫画家として活躍しておられましたよね。それがどういう心情の変化で総監督を引き受けることになったのかを教えていただけますか?
- 安彦:
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漫画版『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を描きながら、これだけやっておけば、アニメ化は楽だろうという意識でいたんですが、実際にシナリオを書いてもらって、絵コンテに入る段になると、やっぱり自分でやった方が早いかって気持ちになっちゃったんですよ。スタッフのレベルとかそういうのとは別の次元で、伝わらないもどかしさがあって……。それでやっぱり“当事者”にならないとダメだなって思ったんです。「総監督」っていう肩書きには最後まで抵抗があったんですけどね。
でも、実際に走り出してみると、今のアニメ作りは制作体制がとてもぶ厚いので、きちんと指示を出せばなんとかなるんですよ。だから、今はけっこう楽しんでいますね。
- 古川:
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それはなによりです。そういえば、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のアニメーションキャラクターデザインは、カイを主役にした外伝漫画『機動戦士Ζガンダム デイアフタートゥモロー ―カイ・シデンのレポートより―』(2005年)を描いていたことぶきつかささんですよね。
映像を見ていると、安彦先生の絵でありつつ、線とか丸みの部分で、ことぶきさんの色がしっかりでている。女性の胸が大きいなとか(笑)。
- 安彦:
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ことぶきさんの漫画を読んで、いいなって思っていたんですよ。「ガンダムエース」を見ていて、自分があと10年、20年若かったらこんな絵を描いたかもしれないなって。それで、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』では、ぜひこの人にお願いしたいって言いました。サンライズの人は驚いていましたけどね。
ただ、その後、きちんと調べたら、とてもファンの多い売れっ子さんだったということが分かって……。そんな人にこんなことを押しつけちゃって申し訳ないって、今でも頭を下げてますよ。「漫画描いてよ、自分の……」って(笑)。
- 古川:
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いやいや、ことぶきさんは喜んでいると思いますよ。
- 安彦:
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すっかりスタジオに入り浸っているみたいなんで、そうであったらうれしいんですけどね。アニメ業界から抜けられなくならないか心配。コワイ所なんで(笑)。