Jul 04, 2019 interview

「最後に父にリボンを結んでもらったような気がする」―蜷川実花が語る『Diner ダイナー』舞台裏

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若い世代の背中を押してあげたい

――ヒロインであるカナコは原作より若く、物語における比重も大きくなっています。カナコが働くことになる地下食堂はまるで子宮のような世界で、カナコが子宮から再誕する物語のようにも感じられます。蜷川監督が母親になったことも作品に影響していますか?

そうかもしれません。カナコは原作より10歳ほど若い設定に変えています。今を生きる若い世代に、私が多少なりとも知っていることを教えてあげたい、背中を優しく押してあげたいという気持ちで今回は撮っています。『ヘルタースケルター』の時は、すでに子どもはいたんですが、その頃はまだそんなふうには思えなくて、もっとトガってましたし、すぐ怒っていました。私も少しは大人になったのかも(笑)。

――原作は暴力とグロテスクさが溢れていますが、蜷川監督が映画化したことでそこに温かみと優しさが加わったような印象を受けます。

殺し屋ばかりの世界に放り込まれたティナは大変だったと思います(笑)。順撮りに近い形で撮っていたんですが、個性の強い俳優たちを相手に、彼女がリアルに悪戦苦闘する様子がそのまま映像になっていて、ある意味、ドキュメンタリー的要素もあったと思います。私からティナに最初に伝えたことは「あなたと心中する覚悟です」と。「絶対にあなたの味方だから、共に最後まで走ろうね」「何かあったら必ず助けるし、すべては私の責任」ということも話し、気持ち的に彼女と並走して撮っているつもりでした。私は妹のように思ってティナのことを撮っていたけど、それは母としての想いとニアイコールだったのかもしれませんね。

――実社会に居場所を見つけられずにいるカナコがメキシコの“死者の祭り”に興味を持つ設定も原作にはないもの。華やかな色彩に満ちた“死者の祭り”に対する蜷川監督のこだわりを感じさせます。

“死者の祭り”を出したのは、単純に私が好きだからです(笑)。世の中って軽くて楽しいことばかりじゃない、暗くてしんどいこともたくさんある。でも、いろんな要素が混じっているからこそ、“死者の祭り”は美しく見えるんだと思うんです。嫌なこと、つらいことを否定しているだけじゃ、どうにもならない。大変なことが起きても「大丈夫」と思える強さをどう持つかが大切なテーマだと私は思っています。“死者の祭り”はその象徴として感じてもらえるといいですね。

ボンベロの恩人役は意外なキャストが!?

――藤原竜也演じるボンベロの命の恩人デルモニコ役は、なんと蜷川幸雄さん。これはもう、蜷川監督でなければ成立しない配役です。

そうですよね(笑)。実はこのアイデアは私からではなく、プロデューサーがポロッと口にしたものなんです。「あっ、そういうのもありか」と思って当てはめてみたら、見事にハマったんです。ボンベロが「俺を見つけて育ててくれたのはデルモニコだ」と言う台詞は、デルモニコ役が父になるなんてまったく考えずに脚本に書いていたんですが、竜也は父が演出した舞台『身毒丸』でデビューしているんですよね。この映画に出演している小栗旬くんも、武田真治くんも父の舞台に立っている。竜也と私がこうした座組で映画を撮るということも、父がいたからで、父のおかげでうまく輪が繋がったというか、最後にキュッとリボンを結んでもらったような気がしています。すべては必然だったのかもしれません。

――裏社会の大ボス・デルモニコ役の蜷川幸雄さんは、写真だけでなく出演シーンもあります。あれはCGですか?

いえ、あのシーンは井手らっきょさんに演じてもらったんです(笑)。井手らっきょさんが父の舞台に出て、よく父のモノマネをしていたのを見ていたので、「絶対にいける!」と思ったんです。井手らっきょさんには1シーンに出てもらうために熊本から上京してもらい、カツラを被って演じてもらったんです。本当に父そっくりに演じていただきました(笑)。自分でも驚くくらい、いろんな要素が奇跡的にうまくプラスに働いて、愛される作品に完成したなと思います。