第57回台湾アカデミー賞(金馬奨)で最多5部門(作品賞、監督賞、脚本賞、編集賞、視覚効果賞)を受賞したチェン・ユーシュン監督最新作『1秒先の彼女』が今週6月25日(金)より新宿ピカデリーほかにて全国公開となる。
チェン・ユーシェン監督が帰ってきた! 90 年代の台湾映画を代表する『熱帯魚』『ラブ ゴーゴー』で放たれた独創的なタッチは健在に、今の時代にもフレッシュさが香る”らしさ”全開の作品だ。もちろん本作の舞台は現代であり、スマートフォンも SNS も登場してくる。一方で、20 世紀のアナログなメディアたちにも光を当て、現代の「時間感覚」が異なる人のあいだで、それらを”優しい媒介者”として描いている。わたしたちが捨ててきたもの、亡くしたものは、今一度この時代に必要なときもある。そんな気持ちを込めて、監督は劇中に「ヤモリ」を潜ませたのだろう。
この度、チェン・ユーシェン監督にお時間を頂いて、オンラインで単独インタビューをさせていただいた。本作で表現したかったこと、その根源となる監督の価値観について、お話を伺うことができたので、ぜひ本作をご覧になる前に楽しんでほしい。
■ チェン・ユーシェン監督プロフィール
962年6月21日、台北出身。95年に『熱帯魚』で長編映画デビュー。第48回ロカルノ国際映画祭青豹賞、国際批評家連盟賞、第32回金馬奨(台湾アカデミー賞)最優秀脚本賞、最優秀助演女優賞を受賞。続く長編2作目『ラブ ゴーゴー』(97)は第34回金馬奨最優秀助演男優賞、最優秀助演女優賞を受賞。独特のタッチで瑞々しい青春模様を描き、若い世代から多くの共感を獲得。当時の日本でも熱狂的な人気を誇ったが、その2作品を残してしばらく映画製作から離れてしまう。『祝宴!シェフ』(13)で16年ぶりに本格的に映画製作に復帰し、大ヒット。そして、長編復帰3作目となる『1秒先の彼女』は、第57回金馬奨最多5冠(作品賞、監督賞、脚本賞、編集賞、視覚効果賞)に輝く、渾身の最高傑作となった。
■ インタビュー全文
—せっかちな女性のヤン・シャオチーとのんびりな男性のウー・グアタイ、この正反対の2人の温かい物語でした。それぞれキャラクターが丁寧に描かれていましたが、監督の近くにモデルになる人はいたのですか?
私の周りにはこういう人がたくさんいるんです。例えば、ものすごくせっかちで何をやるにしても急かす人、逆に何事もゆっくりで怒りたくなるほどのんびりしている人。まったくリズムの違う正反対の人たちを観察しているときに、この人達の間に「愛は生まれるのか」というようなことを考えたのがこの映画の始まりでもありました。
—いつごろから本作の構想はあったのでしょうか。
脚本を書き始めたのは長編二作目の『ラブ ゴーゴー』が落ち着いたタイミングで、だいたい 2000 年前後だったと思います。その頃、私はのんびりしていたので、よくスポーツチャンネルを見ていたんです。あるとき野球の試合を見ていたときに、ピッチャーとバッターの関係というのは、まるでリズムの探り合いのようだと思ったんです。そこから「リズムの違い」というものが気になるようになりました。実生活の中でも「リズムの違い」というのは多く存在していて、ときに車の運転などは交通事故になったりもしますよね。そういった考えを巡らせながら、私の周りにいるような「せっかちな人」と「ゆっくりな人」の組み合わせでなにか物語がつくれないかと。とてもクリエイティブなアイディアだと自分で思ったわけです。
—なにげなく見ていたスポーツから着想を得たわけですね。本作に限らず、監督は日常から着想を得て、それを膨らましていくことが多いですか?
そうですね。日常での面白いことであったり、突如ひらめいたりと。第一作目『熱帯魚』などはまず「誘拐事件」というものに着目し、そこに「入学試験」などの要素を盛り込んでいきました。今回は「リズムの違い」が起点でした。
20年前の作品だと私も若くて、キャラクターの心情を深く書き込めていなかったのですが、本作『1秒先の彼女』では度々脚本を書き直して、私がこの20年間で経験してきた人生のいろいろな面を注ぎました。
—チェン監督は90年代に『熱帯魚』や『ラブ ゴーゴー』を発表され、そこから少しブランクがあって2010年以降でふたたび映画界に戻ってこられました。その間に世の中には”インターネット”というものが登場して、映画をとりまく環境も変わりましたが、監督ご自身でこの変化を感じる部分はありますか。
インターネット時代に入って、創作者に対する影響は相当大きい物があると思います。具体的には「創作の態度」についての影響ですね。いまは誰でも、たとえ小さな子どもでも、映画を見た後で自由に感想を発信することができます。けなす、ほめる、映画についてのあらゆる意見がすべてSNSで共有されてしまいます。これは創作者の手の届かないところで行われるわけで、映画をつくる人にとっては非常に恐ろしい現状です。私は最近SNSをなるべく見ないようにしています。たとえ良い意見があったとしても、創作者はそこから離れ、自由であるべきだと思っています。なにか物を作る人、クリエイターと呼ばれる人たちは、SNSから距離をとったほうが良いと考えています。
—本作の舞台はもちろん現代ですから、スマートフォン、インターネット、SNSも登場します。一方で、ラジオや現像写真、手紙といったアナログなメディアが美しく溶け込んでいました。ここにチェン監督の価値観が表れているように感じましたが、いかがでしょう?
そうですね。私はレトロなもの、ラジオやフィルム写真、そして特に手紙というものが好きなんです。私は『熱帯魚』でも『ラブ ゴーゴー』でも「手紙」を重要なアイテムとして入れ込んでいます。でも、手紙を書くという行為は、おそらくもうすぐなくなってしまうのではないでしょうか。2000年以上に渡って、人間が紙に文字を書いて送るということをしてきたわけですが、いまの時代はみんなメールで済ませてしまいます。
書くのに時間がかかり、またそれが相手に届くまでに2日くらい要する。そうしたゆっくりとした時間の中で、思いを込めて手紙を書いて届けるということ。そこに私としては代えがたい思いを持っています。
—本作を拝見していて私はBGMが良い意味で気になりました。映像から伝わる力を、音楽がより増幅させていたように思えます。監督は映画をつくる上で、音楽というものをどのように捉えているかお聞かせください。
おっしゃるとおり音楽、BGMについては相当こだわりました。何度もやり直して、現在のかたちになっています。劇中、DJモザイクの登場シーンは、そのときのシャオチーの感情とモザイクの雰囲気を音楽で綺麗に繋げたいと思っていたわけです。人物の情感にマッチしたBGMはどのようなものか、すごく気にかけた問題でした。なので、そこに注目してくれたのはとても嬉しいです。
—ありがとうございます。残念ながらお時間です。チェン監督には日本にもファンが多いと思います。本作ぜひ監督のお言葉で日本のファンに紹介していただければうれしいです。
本作はとても心が暖かくなる映画です。ぜひお友達と一緒に楽しんでいただければと思います。きっと、あなたに感動をもたらしてくれると信じています。
(インタビュー・文:オガサワラ ユウスケ)
6月25日(金) 新宿ピカデリーほか全国ロードショー
■予告編動画
<STORY>
郵便局で働くシャオチーは、仕事も恋もパッとしないアラサー女子。何をするにもワンテンポ早い彼女は、写真撮影では必ず目をつむってしまい、映画を観て笑うタイミングも人より早い…。ある日、ハンサムなダンス講師とバレンタインにデートの約束をするも、目覚めるとなぜか翌日に。バレンタインが消えてしまった…!?秘密を握るのは、毎日郵便局にやってくる、常にワンテンポ遅いバス運転手のグアタイらしい。消えた“1日”を探すシャオチーがその先に見つけたものとは――
【作品情報】
監督・脚本:チェン・ユーシュン(『熱帯魚』『ラブ ゴーゴー』)
出演:リウ・グァンティン、リー・ペイユー、ダンカン・チョウ、ヘイ・ジャアジャア
エグゼクティブ・プロデューサー:イェ・ルーフェン、リー・リエ
2020年/台湾/カラー/119分/中国語/シネスコ/英題:My Missing Valentine /原題:消失的情人節
配給:ビターズ・エンド
©︎MandarinVision Co, Ltd
6月25日(金) 新宿ピカデリーほか全国ロードショー