業界のプロフェッショナルに、様々な視点でエンターテインメント分野の話を語っていただく本企画。日本のゲーム・エンターテインメント黎明期から活躍し現在も最前線で業務に携わる、エンタメ・ストラテジストの内海州史が、ゲーム業界を中心とする、デジタル・エンターテインメント業界の歴史や業界最新トレンドの話を語ります。
→ 31「今も輝き続けるプレイステーション産みの親 久夛良木健 (2)」はこちら
セガに在籍していたおよそ20年前のある日、渋谷の開発オフィスで会議をしていた私の携帯に海外の番号から電話がかかってきました。電話に出てみると、英語で“Is this Shuji?(シュウジの電話ですか?)” という第一声。
聞き覚えのある声でしたが、まさかと思いつつも一応冷静さを保ちながら“This is Shuji speaking. Who‘s this?” と返したところ・・・ “Hi ,this is Michael, Michael Jackson” と驚きの返答が。この日を境に、マイケルから頻繁に直接電話がかかってくるようになったのです。その経緯も経過もなかなかおもしろく、私にとってもとても思い出深い話なので、そのいきさつについて書き記したいと思います。
日本で開発中の“ドリームキャスト(Dreamcast)の開発戦略を管掌するため、20数年前にセガアメリカから日本のセガに移籍しました。その環境にも慣れてきた頃、マネジメントでアーケード開発部門トップの鈴木久司さんから呼び出し受けます。彼曰く、「マイケル・ジャクソンがセガの人間と会いたいみたいなんだけど、ちょっと会ってきてくれないか」と。アメリカには出張で行っていたので、そのついでにマイケルに会って来いというのです。
私にとって、マイケル・ジャクソンは神様のような憧れの存在でした。大学生のころ、渋谷のディスコで、マイケル・ジャクソンの “Off The Wall” というアルバムのミュージックビデオを見たときに衝撃を受け、思わず次の日に(今となってはかなり古いですが)LPレコードを買いに走った記憶が鮮明に残っています。そんなこともあり、あまり詳しい事情も聴かずにその役目を少し浮かれた気分で引き受けました。
ニューヨークのセントラルパーク横のプラザホテルだったと思うのですが、先方から指定されたホテルのフロアに行きました。エレベーターの脇に屈強な人が座っている以外、フロアには人の気配が無く、噂に聞いていたようにフロア全てをマイケルが貸し切っていたようです。屈強な彼はボディガードだった様で、彼に先導されるがまま一種異様な様子に恐れ多さと面白いもの見たさの期待を胸についていきました。
招待された部屋には、線の細いあの見慣れた人物がいました。マイケル・ジャクソンその人です。こちらは緊張感で一杯ですが、嬉しくて興奮もしていました。“Hello“と笑顔で話しかけたところ、突然マイケルが怒り始めたのです。「セガは約束したのになぜ自分のゲームをいつまでも作らないのか」という抗議です。
瞬時に事情を理解しました。「やられたな・・・」と。当時のセガはアーケードで様々な試みを行っており、今のVRに近いアトラクション、体感マシーンなどをゲームセンターに取り入れており、スターウォーズやマイケル・ジャクソンなどとコラボをして海外進出も試んでいました。現にマイケルとはゲームタイトルを1本作っていたのです。
ところが、そのゲームが今一つ売れず、またマイケルも当時の様々な奇行が問題となり裁判を抱えるなど、良くない状況であったため、その後セガと連絡は途絶えていたようでした。また、セガ側はマイケルとアーケードゲームを作る約束をしていたものの、何の企画も進んでおらず、マイケル側からの突然の連絡に手を焼いたのでしょう。
とりあえず内海に行かせて時間稼ぎをしておけという背景だったようです。まんまとそれに乗ってしまった私は、非常に追い詰められた状況だったのですが、その時はなぜかとても冷静に頭が回っていたのです。
マイケルは文句を言い続けていましたが、同時にゲームに対する熱い想いや彼が子供たちに夢を与えたいという気持ちを熱く語ります。私としても何とかならないものかとセガの当時のラインアップを考えました。そこで、当時開発途中で私も強く推していたユーモア抜群でスタイリッシュな音楽ゲーム、“スペースチャンネル5”にマイケルを登場させるアイデアは面白いのではないかと思いつきます。
「とてもいけている、会社の命運をかけたミュージカルゲームに出るのはどう?」とまるで前から計画していたようにマイケルに提案しました。「宇宙から襲ってきた敵が人間を躍らせて征服しようとするのを、主役のテレビキャスターの女の子が踊り返して宇宙人と戦い、人間を救助し、世界を救うゲームなんだ」と。
ユーモアたっぷりで、かつスタイリッシュで画期的なミュージカルゲームであることを熱心に説明していると、怒っていたマイケルもその内容に興味をもったようで、「自分が主役になれるのか?」などと質問をしてきます。「すでにゲームは開発途中でもあるし、まずはマイケルの友情出演から初めて、次回作ではより大きな役で考えたい。今作ではポスターにマイケルを大きく乗せるバージョンも検討する」などと、その場しのぎのアイデア交換をして何とかその場をおさめようとします。
実は”スペースチャンネル5”は、当時としてはあまりにも新しく尖っていたゲームだったので、マイケルの参加でキャッチャーにもなるし、皆の注目も浴び面白い効果が生まれるのではないかと、その場しのぎの割には良いアイデアだと思い始めます。最初は怒っていたマイケルもこの話で徐々に落ち着きを見せはじめました。そして最後には、「前向きに”スペースチャンネル5”への参加を考えたい」「自分は何をすればいいのか教えてくれ」と言われ、私はその場を辞する事となりました。
Entertainment Business Strategist
エンタメ・ストラテジスト
内海州史