Nov 19, 2020 column

22:初代プレイステーションの海外版コントローラーで"×が決定ボタン"に決まった話

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業界のプロフェッショナルに、様々な視点でエンターテインメント分野の話を語っていただく本企画。日本のゲーム・エンターテインメント黎明期から活躍し現在も最前線で業務に携わる、エンタメ・ストラテジストの内海州史が、ゲーム業界を中心とする、デジタル・エンターテインメント業界の歴史や業界最新トレンドの話を語ります。

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予約のみで初日販売分が完売となったPS5がとうとう発売されました。その中で地味だけど、SNSを中心に世間を騒がせているPS5からコントローラーの決定ボタンの変更。つまり「日本では“〇で決定”が“×で決定”に変更された」ついて、賛否の声が上がっているので、今回は予定を変更して、なぜ日本だけ“〇で決定”だったのかという事を私が米国でプレイステーションのローンチに携わった当時の話を書いていきたいと思います。

プレイステーションのグリップ式コントローラーの形状は、当時ソニーの社長であった大賀典雄さんがこだわりをもっていたのですが、プレイステーションのデザインを手がけていたソニーのデザインセンターの後藤禎祐さんが見事に特徴のあるコントローラーの形状を考えつきます。

さらに、言葉に頼らず国境を超えて直感的な操作ができるようにと、任天堂のファミコンで採用されていたAやBといった文字ではなく、“○×△□”という図形を割り振りました。私はその決定プロセスには関与していなかったで、この点は憶測となりますが日本では、何の疑いもなく○が決定ボタンということになったようです。

ところが、1年遅れて米国にプレイステーションを導入するにあたり、コントローラーに関していくつかの問題が持ち上がります。まず、コントローラーのサイズ。日本人と米国人の手の平のサイズ違いによるのでしょう、米国のスタッフたちは口をそろえてサイズが小さすぎて扱い辛いというのです。次に本体と接続するコードの短さ。日本の一般的な部屋のサイズに合わせたコードでは、広いアメリカの住居では短すぎたのです。コントローラーのサイズを変更するかしないかでかなり議論をされたものの、最終的にはアメリカの要望が通りコントローラーのサイズ変更がなされました。もちろんケーブルの長さに関しても、それは必要だということで米国の意見が通ります。

しかし、それらの議論の中で一番驚かされたのが“〇と×”のボタンに対する捉え方です。私も含めて日本人的には、当時どう考えても“〇がイエス”で“×がノー”と捉えて疑問にも思わなかったところ、米国人のスタッフ達は“×イエス”、つまり肯定的な意味だと普通に言うのです。大勢の米国人スタッフ達の中、私一人だけが日本人で、米国の文化に精通しているわけでもない身としては、驚きながらも米国では基本“×が決定”としてもらうべく、決定ボタンの変更を日本に要請することになります。

国を超えて決定ボタンが変更になると弊害も多いだろうと、当初その要求に対してネガティブな反応が日本サイドにはありましたが、最終的にユーザー側でボタン指示の変更ができるということで、米国では“×が決定”ということに決まりました。当時、この点に関してはほとんどリサーチが行われなかった記憶があります。

ですが結果的にこの問題はゲームの開発会社にとって負担が大きいものでした。日本仕向けに作ったタイトルが欧米へ展開をするときには、ボタン位置の仕様をわざわざ変える必要があり、その分工数が増えることになります。当然その逆もまたしかり。その後、自身でゲームの開発会社を経営する身となった際には、この日本と欧米の違いに工数がかかるという負担が降りかかることになりました。

またローンチ当初、地域によっては決定ボタンの変更に抗う開発会社も多くありました。例えば『リッジレーサー』ではグローバルで“〇が決定及びアクセル”のボタンとなっており、米国側の依頼には合わせませんでした。当然、他の欧米発のゲームを遊ぶ米国人にとっても○と×の解釈が違っており、ボタン操作には当初大きな混乱があったようで、一部ユーザーを惑わせてしまいました。

これらの混乱を解消するための施策として、プレイヤーが操作しやすいよう自分でコントロールの仕様を変えることもできる機能を付けました。熱心なゲーマーにとっては自分の癖に合わせてコントローラーのボタンを変更することができる柔軟性を持たせたのです。ただ、これは中庸の施策であったかもしれません。

今回のPS5の決定ボタンの変更、つまりグローバルな統一は、開発会社やユーザーにとっても、非常に良いことだと私は思っています。ただ、今まで慣れていたことに対して変更を強いられる事は当然嫌なものです。しかも、変更を強いられるのがプレイステーションを開発した大元の日本だというのも時代を感じさせられます。

昔と比べて日本のゲームマーケットが縮小する中、日本の主張がどんどん聞き届けられなくなっていき、全てがグローバル仕様になる。今後そのような施策が増えていくのだろうなという一抹の寂しさも感じてしまいます。

今回のPS5の決定ボタン変更のニュースに触れて、あの時、米国でも”○で決定“にこだわり、現地スタッフの反対意見を押し切っていたら世界中で”〇が決定でありイエス”という概念に変わったであろうか。そうなると、今回のPS5の決定ボタン変更という騒ぎも起こっていなかったのかも・・・最近のSNSの議論を前に一人でいろんな妄想をしています。どうするのが正しかったのか、今でも私の中で答えはでていません。

Entertainment Business Strategist
エンタメ・ストラテジスト
内海州史

内海州史

1986年ソニー㈱入社、本社の総合企画室に配属。その後、社内留学制度でWhartonでMBA取得。ソニー・コンピューエンタテインメントの設立、プレイステーションのアメリカビジネスの立上げに深く携わる。その後、セガ取締役シニア・バイス・プレジデントに就任し、ドリームキャストの立上げを経験。ディズニーのゲーム部門のアジア・日本代表時に日本発のディズニーゲーム作品『キングダムハーツ』の大ヒットに深くかかわる。2003年にクリエイターの水口哲也氏と共にキューエンタテインメントを設立し、CEO就任。ビデオゲーム、PCやモバイルゲームにて多くのヒットを輩出。2013年ワーナーミュージックジャパンの代表取締役社長に就任し、デジタル化と音楽事務所設立を推進。2016年にサイバード社の代表取締役社長に就任。現在株式会社セガの取締役CSO、ジャパンアジアスタジオ統括本部本部長。