Nov 26, 2020 column

23:”イケメンシリーズ”にみるグローバルニッチ ビジネスの大きな可能性

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業界のプロフェッショナルに、様々な視点でエンターテインメント分野の話を語っていただく本企画。日本のゲーム・エンターテインメント黎明期から活躍し現在も最前線で業務に携わる、エンタメ・ストラテジストの内海州史が、ゲーム業界を中心とする、デジタル・エンターテインメント業界の歴史や業界最新トレンドの話を語ります。

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業績不振に陥っていたサイバードのターンアラウンドの為に各事業の見直しを行なった話を書きましたが、結果的に成功していたのはi-mode 参入時のコンテンツサービスと、その後始めたモバイルゲームの” “イケメンシリーズ”だけでした。 “イケメンシリーズ”はガラケーで始まり、その後スマホでも運営されているとはいえウェブベースであった為、もう限界にきていると判断し、より高度なスマホゲームに舵を切ってみたものの、ことごとくうまくいっていない状況だったのです。

「イケメンシリーズ」公式サイト:https://ikemen.cybird.ne.jp/

(C)CYBIRD

最終的に、自社のインフラの状況を鑑みて、“イケメンシリーズ”へ舵を戻し、他のスマホゲームの開発と運営は最小限に絞り込みました。そして “イケメンシリーズ”のラインアップをきっちり作りこむことで業績の回復を試みます。

その方針を後押しする現象として見えていたのが、女性向けのゲーム市場や舞台、アニメがとてつもない勢いで伸びていたことです。サイバードがアニメートガールズフェスティバルに出店していたので会場に視察に行きましたが、その時の熱気の凄さはすさまじいものでした。

グッズ販売の数字も非常に大きく伸びており、女性向け市場に手応えを感じたのです。その広がりは、デジタル、リアルと複合的に広がっており、ファンビジネスの先駆者的な動きまで見せていきます。

その中で大きく成長を見せはじめていたのが2.5次元ミュージカル。 “イケメンシリーズ”でも規模が小さいながらも2.5次元ミュージカルとの連携を積極的に進め、他社のイベントにもよく顔を出しました。舞台関係は、セガに在職していた時に『サクラ大戦』の担当をしたことがありましたし、学生時代からバレエ、ミュージカル、宝塚はよく観ていたので非常に楽しめながら進めることができました。

舞台やイベントの会場では、デジタルではなかなか感じることのできない熱気と、ファンの様々なコンテンツとの関わり合いを観察することができます。私も、様々なゲーム作品に携わりましたが、この女性マーケットの動きやユーザーの若者の変化に関しては、サイバードで更に勉強になることが多くありました。

また、会社としても大きな成長機会になったのが海外ビジネスです。サイバードには小さいながらも自社のゲームを海外に展開するチームがありました。ローカリゼーションを行うチームにも乙女心がわかる世界各地出身の外国人メンバーを揃え、そのリーダーとして自らがイケメンインフルエンサーとして、時には自社作品のキャラクターにコスプレをしてコミュニティマネージャーを務めた人材がいたのです。

そのすごさは、彼らがLos Angelsで開催されたAnime Expoに“イケメンシリーズ”を展示展開した時です。彼らは“イケメンシリーズ”のゲームをダウンロードしてくれた人達に対しあるイベントを実施していました。あのイケメンマネージャーが壁ドンをして愛をつぶやいてくれるというものです。このイベントには、多くのファンが並び、長い行列ができており、私はものすごい衝撃を受けました。

お国柄的に女性だけでなく男性も並び、満面の笑顔や、時には感激の悲鳴を上げる光景にビジネスの可能性を大いに感じます。実際、この壁ドンイベントをのちにシンガポール、台湾、上海等アジア圏でも実施し、グローバルツアーとして展開をします。結果として、“イケメンシリーズ”の新作ゲームも投入することにより、海外売上が前年比5倍以上のびる結果を達成。デジタルマーケティング的にも、ユーザー規模は大きくないものの、ターゲッティングはやりやすく、効率的で効果の高いユーザーを獲得しやすいこともわかります。

また、売れたタイトルが“イケメン戦国”という、織田信長や徳川家康と恋愛するという設定のゲームでも、そのコンテクストが伝われば外国人のファンにも売れることも勉強になりました。この様な件もあり私は日本の企業は、コミュニティ、コンテンツ、サービスすべてにおいてもう少しうまくやればグローバルニッチのビジネスで大いに成長余力があると思うようになりました。

この様な選択と集中を経て、初年度大赤字であった業績も順調に回復、次の年には完全黒字に転換します。私が代表としてが入社してから2年たたないうちに、黒字転換したことによりファンドはサイバードの買い手を探し始めます。

私へのオファー当初からのファンドの期待は会社の売却ですから、私も全面的な協力をしなければなりません。買収仲介のアドバイザーと売却のための資料作成を行い、ファンドの用意した買い手候補とのインタビューなどを行いました。しかし、現場とは離れた、現場にはシェアされない作業はなぜか少しこころ苦しい感じもしたものです。ちなみに、自社のスタッフ達は、ファンドが会社を所持していることについて特段の意味を感じていないことが私の気持ちを楽にさせる材料ではありました。

最終的に、私が入社してほぼ2年でサイバードをオンラインゲーム事業などを行ってるアエリア社に売却することになります。その後、アエリア社のマネジメントにサイバードに入ってもらい、ポストマージャーインテグレーション 、つまり順調に会社を次の会社に引き継ぐ作業を経て、売却後約半年にて私はサイバードを去りました。

かなり難しいプロジェクトと言われ、何を成功と考えるかという視点では、今までにないゴールが与えられたサイバードでの経験でしたが、実際には女性ユーザーをメインとしたビジネスのオペレーション上も、ファンドとのファイナンシャル、プロフェッショナルな取引という意味でもとても興味深い案件でもあり、多くの方々の協力により順調に仕事を終えることができました。

今後、多くの会社が、特に中国などの動きと併せ、企業自体の取引が今まで以上に頻繁に起こることも予想されます。皆さんがその現場に立った時、果たして何を優先していくのか。もちろん答えは一つではありませんが観察して考えるという戦略的思考の基本はどのケースにも当てはまると思います。サイバードでのミッションでは、自分は”イケメンシリーズ”という、とてもニッチだけどグローバルな(になり得る)IP、宝物に注力したことでその突破口が開けたわけです。よく観察すると自分たちの周りに意外に多くの宝物があるものだという気づきは今の仕事にも大いに役立っています。

Entertainment Business Strategist
エンタメ・ストラテジスト
内海州史

内海州史

1986年ソニー㈱入社、本社の総合企画室に配属。その後、社内留学制度でWhartonでMBA取得。ソニー・コンピューエンタテインメントの設立、プレイステーションのアメリカビジネスの立上げに深く携わる。その後、セガ取締役シニア・バイス・プレジデントに就任し、ドリームキャストの立上げを経験。ディズニーのゲーム部門のアジア・日本代表時に日本発のディズニーゲーム作品『キングダムハーツ』の大ヒットに深くかかわる。2003年にクリエイターの水口哲也氏と共にキューエンタテインメントを設立し、CEO就任。ビデオゲーム、PCやモバイルゲームにて多くのヒットを輩出。2013年ワーナーミュージックジャパンの代表取締役社長に就任し、デジタル化と音楽事務所設立を推進。2016年にサイバード社の代表取締役社長に就任。現在株式会社セガの取締役CSO、ジャパンアジアスタジオ統括本部本部長。