業界のプロフェッショナルに、様々な視点でエンターテインメント分野の話を語っていただく本企画。日本のゲーム・エンターテインメント黎明期から活躍し現在も最前線で業務に携わる、エンタメ・ストラテジストの内海州史が、ゲーム業界を中心とする、デジタル・エンターテインメント業界の歴史や業界最新トレンドの話を語ります。
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2年ほどワーナーミュージックの社長を務め、退社した数か月後に、再びゲーム業界に戻りました。モバイルゲームなどで名前が知られていたサイバード社の社長に就任したのです。
ワーナーの社長の退任後、再び自分で事業をやろうと思っていました。いくつか声をかけてくれた会社のコンサルティングの仕事をやりながら起業の準備をしていたところ、ヘッドハンターから声がかかりました。
ヘッドハンターといえば、自身の転職の際や、私のスタッフとしてマネジメントを採用する際にも付き合いが続いていて、付き合い自体は長かったのですが、実は彼らを通じて転職のお世話になったのは今回が初めてでした。それまでは私の知り合いが直接声をかけてくれて転職にいたるケースがほとんどでした。
ヘッドハンティングの会社からのオファーは、PE(プライベート・エクイティ)ファンドが所有している当時業績不振に陥っていたサイバードのターンアラウンドとその後素早く売却できる人材を探しているとのことでした。PEファンドは、VC(ベンチャー・キャピタル)とは違い、ある程度のビジネス規模があり、かつ売りたい事情のある企業を買い、その企業の状況を良くしてから購入時よりもかなり高い値段で売却することにより利益を得ることを基本のビジネスモデルとしています。基本的には中規模の取引のケースが多く、そういう企業の不採算部門をスリム化したり、大きな固定費を削り変動費用化したり、バランスシートの構造を変えたりして3~5年を目途に売却するのが一般的なパターンと言われています。
しかし今回のケースは少し違っており、私が就任した時にはファンドがサイバードを買ってからすでに7~8年がたっていました。最初の構造改革がうまくいっておらず、今回の経営者の交代は当時のマネジメント陣にも秘密裏に事を進めており、マネジメントにもサプライズとなりました。創業者社長には私の就任直前に退任してもらい、会社の立て直しのために私が代表取締役としてマネジメントに乗り込むことになりました。
社長就任時には、創業者である前社長から社員たちへ紹介する場を用意してくれ、彼のお別れの挨拶ともに入社という形式をとり、非常に気を使ってくれました。しかし、現場には今回の社長交代について前向きに捉えている人が誰もいないという気まずい雰囲気でした。
入社前に、ファンドの方から事業についての説明をもらっていましたが、計画自体ずいぶん合点のいかない点も多くありました。秘密裏に動いていた事もあり情報を深く広く集められませんでしたが業界内の友人達にサイバードの事をヒアリングしてみても、有名会社である割には入手できた情報があまり的を得たものではありませんでした。そのため、まずはバイアスをなるべく捨ててマネジメントやその下の階層のメンバーから情報を集めることから始めることになりました。
当時、会社の業績は急速に悪化しており赤字幅が増えていたのですが、それは積極的なスマホゲームの投入が裏目に出ていた為でした。当時のマネジメント陣は、投資先を大きく変えて新たな事業を爆発させるべく動くか、現状をあきらめず新たなスマホゲームの投入を続けていくかと社内で大きなディベートになっているという状態。
前代表の創業社長は、そもそもゲームにあまり興味がなく、もっと面白い一般向けのサービスを推し進めようとしていました。良いアイデアもあったものの、短期での収益回復と壮大な計画を進めるにはエンジニアの人数が足りない、ビジネスサイドでオペレーションをできる人がいないという問題がありました。結果的にそれらの事業を進めたいと思っていた前代表自身がいなくなったということで、そのビジネスを止めることを早い時期に決断しました。
スマホゲームでは、なかなか良いIP(版権)をライセンスしていましたが、残念ながら結果が伴っていませんでしたし、その失敗の仕方もよくありませんでした。外部からスマホゲームで経験のあるプロデューサーと呼ばれる人材を招聘していたものの、ほぼ初心者に近いスキルしかない人物が企画をコントロールしていたり、ゲームリリースと同時にバグが数多く出てしまうなど、基本的なタイトルの審査、現実に即した管理プロセスも機能していない状況で、プログラマーのインフラも脆弱なものでした。
それ故、さらに複雑化していくスマホゲームのビジネスを推し進めることに大きな危惧を持った為、事業の縮小を考えました。ただ、会社を見渡すと悲観的な事ばかりでもありませんでした。IT系の企業として20年近く運営してきた老舗企業でしたが、人の入れ替わりが早く平均年齢は20歳代と若く、また創業社長の積極性により企業文化として変化を起こす事にスタッフ達はそれほど抵抗がありませんでした。
さらに、ガラケー時代から始めていた女性向け恋愛ゲームブランドのオリジナル“イケメンシリーズ”のゲームが、ファンの間で高い認知と人気があったのです。当時のマネジメント陣は規模の縮小を考えていたものの、このシリーズに関わるクリエイター達の能力も高い為まだまだ大きな成長余力があるように思えました。
次回は、女性のグローバルなオタク化の潮流の参照にもできる、“イケメンシリーズ”について語りたいと思います。
「イケメンシリーズ」公式サイト:https://ikemen.cybird.ne.jp/
Entertainment Business Strategist
エンタメ・ストラテジスト
内海州史