Dec 26, 2019 column

『2人のローマ教皇』と代表作に見るメイレレスの作家性の変化

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名優2人の味わい深い名演技

その軽やかさを醸し出すうえで、もっとも重要な役割を果たしているのが、主人公2人を演じたキャストである。フランシスコ役のジョナサン・プライスは、イギリス出身の名優で、最近では『天才作家の妻-40年目の真実-』(17年)でグレン・クローズの妻にゴーストライターをやってもらっていたノーベル賞作家を好演していた。マドンナが主演したミュージカル映画『エビータ』(96年)ではアルゼンチンの独裁者として知られるフアン・ペロン大統領を演じており、今回のフランシシコといい、アルゼンチンとの縁が深い。そのプライスが、アルゼンチンの教区での司祭時代から次期教皇となるまでの苦闘をにじませつつ、サッカーに熱狂するなどお茶目な一面もみせ、フランシスコの人間くささを体現した。

そしてベネディクト16世は、こちらもイギリスが誇る名優のアンソニー・ホプキンス。生前退位への思いを静かに名演しつつ、やはりこの人の持ち味は“余裕”の軽やかさだ。ピアノを弾き(実際にホプキンスはピアノの名手である)、ジョナサン・プライスとタンゴを踊ったりもする。間もなく82歳になるホプキンスだが、レクター博士役も含め、これまでの長いキャリアの積み重ねが、このベネディクト16世役で、ひとつの境地に達した感もある。劇中、教皇の衣装として赤い靴で登場するシーンが多いのだが、かつてホプキンスをインタビューした時、ジャケットとパンツはシックにまとめつつ、履いていた靴だけが真っ赤だったのを思い出す。おしゃれにも遊び心あふれた、稀代の天才俳優なのである。

世界的脚光を浴びたメイレレスの代表作

この名優2人から味わい深い演技を導いた監督は、フェルナンド・メイレレス。ブラジルのサンパウロ出身の彼は、隣国アルゼンチンのフランシスコに強い思いを寄せて本作に取り組んだはずである。ブラジル出身の世界的映画監督といえば、『セントラル・ステーション』(98年)でベルリン国際映画祭金熊賞(最高賞)を受賞し、『モーターサイクル・ダイアリーズ』(04年)などを撮ったウォルター・サレスや、近年では『ロボコップ』(14年)、『エンテベ空港の7日間』(18年)を撮ったジョゼ・パジーリャなどが世界的に有名。そのブラジルで、2016年のリオデジャネイロ五輪の開会式の演出を任されたのが、フェルナンド・メイレレスであり、ブラジルの“代表監督”と言ってもいいだろう。2012年のロンドン五輪はダニー・ボイル、2008年の北京五輪はチャン・イーモウが務めた役を託されたのだから。

『シティ・オブ・ゴッド』(Blu-ray・DVD 発売中)© O2 Filmes curtos Ltda. and Hank Levine film GmbH 2002.

フェルナンド・メイレレスが、いきなり世界的脚光を浴びたのが、2002年の『シティ・オブ・ゴッド』である。前出のウォルター・サレスもプロデューサーとして名を連ねた作品だ。大学では建築を専攻したメイレレスだが、映画製作への興味を募らせ、仲間と作った短編ビデオ作品が評価されたのをきっかけに、CMやTV番組を手がけるようになった。1998年に初の長編作を監督。『シティ・オブ・ゴッド』は長編3本目となる。リオデジャネイロの貧困地区“ファヴェーラ”を舞台に、犯罪にも手を染めるストリートチルドレンの衝撃的な日常を描いた『シティ・オブ・ゴッド』。リオデジャネイロの貧しい地区の子どもたちから出演者を募集し、オーディションを経て演技のトレーニングをしただけあって、とことん生々しい映像が完成された。ドキュメンタリーのような臨場感で、ファヴェーラの現実が迫ってくるこの作品は、ブラジル国内で大きな反響を呼び、その評判が世界規模へ拡散。フェルナンド・メイレレスの名を一躍、有名にした。アカデミー賞でもメイレレスの監督賞など4部門でノミネートされるという快挙を達成。『シティ・オブ・ゴッド』のリアリティに徹したスタイルは、その後、多くの映像作家に影響を与えることになる。