Jan 31, 2025 column

『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』 ペドロ・アルモドバルが描く品格と色彩の関係

A A
SHARE

アーティストたちとの連帯

『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』に描かれている女性同士の友情、精神と肉体の交換の可能性、アイデンティティの破壊は、ペドロ・アルモドバルの主要テーマでもある。短編『ヒューマン・ボイス』(2020) で初めてコラボレーションするまで、ティルダ・スウィントンは自身がペドロ・アルモドバルの好みの俳優ではないという認識があったという。しかし美学に貫かれたキャリアを振り返ったとき、二人の出会いはもはや必然だったとしか思えなくなる。また本作は『パラレル・マザーズ』(2021) の紛争のイメージや後遺症、『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』(2023) の長年離れ離れになっていた二人による“再会”の物語ともつながっている。そして女性たち。ペドロ・アルモドバルは、スペインが戦後を生き延びたのは女性たちのおかげだと語っている。さらには芸術家たち。ウェス・アンダーソンの言うように、ペドロ・アルモドバルの映画にはアーティストたちとの真の連帯感がある(ウェス・アンダーソンはペドロ・アルモドバルの大ファンであり、『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999) をフェイバリット作品に挙げている)。

『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』が疎遠になっていた二人の“再会”の物語であることは多くの視点を与えてくれる。同じ雑誌社で働いていた同僚、かつ親友であり、共通の元恋人(ジョン・タトゥーロ)さえいるマーサとイングリッド。イングリッドは戦場ジャーナリストとして紛争地に派遣されていた頃のマーサの“物語”を知らない。作家であるイングリッドは、“物語”の欠落に引き寄せられているように思える。その中心にマーサの娘ミシェルがいる。マーサは自分が失敗した母親であることを認めている。母と娘は何年も疎遠になっている。

マーサの元恋人であり、ミシェルの父親フレッドのエピソードとしてフラッシュバックされるシーンで、ペドロ・アルモドバルはアンドリュー・ワイエスの絵画作品「クリスティーナの世界」に描かれた草原の風景を再現している。ベトナム戦争から帰ってきたフレッドは別人のようになってしまった(「壊れた玩具」)。フレッドは戦争の後遺症を生き続けている。そして死期の近いマーサもまた、元戦場ジャーナリストとして戦争を生き続けている。戦争は何も終わっていない。マーサが人生の終わりに語る、無邪気だった10代の光と影。イングリッドはマーサの“物語”を継承する。娘のミシェルの中に欠落していた“物語”を紡ぎなおすために。

絵画作品がマーサの人生に反射している。マーサが“最後の空間”として選んだモダニズム建築の家には、本物と見紛うようなエドワード・ホッパー「太陽の下の人々」のレプリカが飾られている。この絵に描かれたデッキチェアで陽の光を浴びる人々は、もしかすると死んでいるのかもしれない。本作のインタビューで、ペドロ・アルモドバルは興味深い解釈を述べている。ペドロ・アルモドバルの映画は本物と偽物、自然物と人工物を交換することに価値を見出す。それはそのまま実人生と映画の虚構性を交換することの実験でもある。ペドロ・アルモドバルの映画において本物と偽物は等価になる。病室の窓枠越しに見えるマンハッタンの景色が、嘘のように幻想的だったように。窓の外にピンク色の雪が降り積もるように。

イングリッドは隣の部屋にいる親愛なる友人の意思を尊重する。友人がどのように生きたか、その人生を祝福する。そして自分の無力さを肯定的に、人生を前進させるものとして受け入れる。生けるものと死せるものの上に雪は等しく降り続ける。『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』は、生きていく者と死んでいく者の両者に品格とプライドを与えることに成功している。色彩の強さが二人の女性の品格の証となる。この映画の肯定的な色彩の強さは、死者と永遠に連帯できる方法、その可能性を、静かなタンゴを踊るように、しかしほとばしるほどの情熱でフィルムに焼き付けている。

文 / 宮代大嗣

作品情報
映画『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』

重い病に侵されたマーサは、かつての親友イングリッドと再会し、会っていない時間を埋めるように病室で語らう日々を過ごしていた。治療を拒み自らの意志で安楽死を望むマーサは、人の気配を感じながら最期を迎えたいと願い、“その日”が来る時に隣の部屋にいてほしいとイングリッドに頼む。悩んだ末に彼女の最期に寄り添うことを決めたイングリッドは、マーサが借りた森の中の小さな家で暮らし始める。そして、マーサは「ドアを開けて寝るけれど もしドアが閉まっていたら私はもうこの世にはいないー」と言い、最期の時を迎える彼女との短い数日間が始まるのだった。

監督・脚本:ペドロ・アルモドバル

原作:シーグリッド・ヌーネス「What Are You Going Through」

出演:ティルダ・スウィントン、ジュリアン・ムーア、ジョン・タートゥーロ、アレッサンドロ・ニボラ

配給:ワーナー ブラザース映画

©2024 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
©El Deseo. Photo by Iglesias Más.

公開中

公式サイト room-next-door