Nov 07, 2019 column

シェイクスピア史劇を大胆に翻案、Netflix映画『キング』が現代社会に問うこととは―

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戯曲からの改変点、キャラクターの新解釈

映画『キング』の話に戻ろう。本作で監督のデヴィッド・ミショッドとジョエル・エジャートンが脚本を執筆したことはすでに触れた。二人が試みたことは、決してシェイクスピア作品の映画化ではない。彼らの狙いは、シェイクスピアが描いたハル王子とフォルスタッフというキャラクターを借りてきて、自分たちなりの解釈とアレンジで、新たに物語を語り直すことだったろう。

実際、『キング』は多くの点でシェイクスピアの戯曲を下敷きにしているが、登場人物には独自の性格付けがされ、おおまかな展開以外はオリジナルストーリーと言って差し支えないくらいに異なっている。『ヘンリー五世』は1944年にローレンス・オリヴィエが、1989年にケネス・ブラナーが映画化しており、それぞれに違う解釈がなされているが、『キング』はシェイクスピアの戯曲から大きく飛躍して、現代性も加味した最新のアップグレードバージョンと言っていい。

戯曲からの一番大きな改変点は、ジョエル・エジャートンが演じるフォルスタッフのキャラクターだ。シェイクスピアの描いたフォルスタッフは、陽気で狡猾で大ぼら吹きで、戦場では戦うのはまっぴらだと死んだふりをしてやり過ごそうとする。しかし『キング』のフォルスタッフはまったく違う。騎士から盗賊まがいの境遇に落ちぶれた、ハル王子の放蕩仲間であることは同じだが、即位したヘンリー五世(=ハル王子)に請われて、軍事参謀としてフランス遠征に参加するのだ。

劇中でフォルスタッフの過去が具体的に描かれることはない。ただ、戦場での経験から騎士として生きるのをやめ、そして相当な覚悟を持って再び戦場に赴く決意をした、ということはうっすらとだが分かる。彼の決意には、過去の贖罪の意味もあれば、ハル王子との疑似親子的な絆ゆえということも伝わってくるが、具体的に言葉で触れられることはない。フォルスタッフ=道化という従来のイメージとは真逆に近い。

ハル王子=ヘンリー五世も、新解釈によって陰影の深い人物に生まれ変わった。ハル王子は王位継承者である現実を避けるかのように放蕩生活を送っていることは変わらないのだが、反乱軍のヘンリー・パーシーに一騎打ちを挑むのも、弟を守り、無用な流血を避けるためだ。その真意もつまびらかには説明されないが、ハル王子は明らかに戦場を知っていて、殺し合いの連鎖を倦んでいる。本作のハルは、王になる意義を見つけようと苦悩しているナイーヴな若者なのだ。