Nov 07, 2019 column

シェイクスピア史劇を大胆に翻案、Netflix映画『キング』が現代社会に問うこととは―

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“戦争と権力”にまつわる重厚なサスペンス

イギリスではヘンリー五世は英雄的な存在として人気が高いと聞く。シェイクスピアの『ヘンリー五世』で、フランスとの決戦の前に兵士たちを鼓舞する演説は、いまも愛国心を盛り上げる名スピーチとして引き合いに出されることが多い。ところがシェイクスピアの複雑さは、『ヘンリー五世』という戯曲を英雄的な王が誕生する物語にも、人間性を失って冷酷な王になっていく男の物語にも解釈できるように書いていることだ。例えば前述したローレンス・オリヴィエは『ヘンリー五世』を英雄譚として、ケネス・ブラナーは戦争批判を込めて映画化したと言われている。

しかし、シェイクスピアの原作に忠実であろうとする限り、解釈の違いはあっても、ひとことひとことの台詞や場面のトーンは原作寄りにならざるを得ない。ミショッド監督とエジャートンは、あえてシェイクスピアの戯曲から距離を取ることで、“戦争と権力”というもともとの戯曲が備えていたテーマ性を発展させようとしている。

『キング』では、ハル王子もフォルスタッフも、現代風に言うなら戦場PTSDを抱えて苦しんでいる人物だ。しかしハルは王子(もしくは王)である責任感から戦地に身を置かざるを得なくなり、フォルスタッフはそんなハルを放っておくことができない。どちらも戦争を体験したがゆえに、戦場から離れることができない悲劇性を帯びているのだ。本作の戦闘描写に華麗さや高揚感がなく、ただただ陰惨で凶暴な殺し合いである姿を晒していることからも、『キング』という映画が何を描こうとしているのかが如実に伝わってくる。

さらに政治サスペンスの要素を加えたことで、もうひとつのテーマ“権力”についても考察が深まった。シェイクスピアの描く史劇は、結局のところ、陰謀と裏切りが繰り返される権力争いの連続だ。『キング』では、ヘンリー五世のまわりに張り巡らされる陰謀や、政治的な駆け引きをさらに複雑化させて描くことで、シェイクスピア史劇の持つ虚無感を増幅させ、権力の空虚さをあぶり出してみせている。

リアリズムに立脚した重厚な映像もあいまって、なんとも見応えのある映画に仕上がった『キング』。決して歴史物やシェイクスピアがキャッチーに響く時代ではないが、映画的なダイナミズムに満ちた傑作に仕上がっているので、食わず嫌いをせずにぜひ触れてみていただきたい。

文/村山章

配信情報
Netflix映画『キング』

未来の英国王でありながら王室の一員としての暮らしを拒み、何年もの間、民衆に混じって自由気ままに生きてきた王子ハル(ティモシー・シャラメ)。しかし、国王である父の死後、ヘンリー5世として王位を継承した彼に突き付けられたのは、これまで避けていた厳しい現実。親友であり年老いたアルコール依存症の騎士ジョン・フォルスタッフ(ジョエル・エジャートン)との関係を通して、王室の過去のしがらみに悩みながらも、戦争と混乱の時代にヘンリー5世が成長する姿を描く。
監督:デヴィッド・ミショッド
脚本:デヴィッド・ミショッド、ジョエル・エジャートン
出演:ティモシー・シャラメ、ジョエル・エジャートン、ロバート・パティンソン、リリー=ローズ・デップ、ショーン・ハリス、ベン・ メンデルソーン
Netflixで独占配信中
公式サイト:https://www.netflix.com/theking

DVD情報
『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ』

Blu-ray:4800円(税抜) DVD:1800円(税抜)
発売中
アイ・ヴィー・シー
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