Aug 27, 2021 column

映画『サマー・オブ・ソウル』は、1969年のカルチャーがすべて飛び出てくるタイム・マシーン

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予算のないイベント

このイべントを始めたのはトニー・ローレンスという地元の歌手兼プロデューサーで、自身シングル盤を出してはいるが、ヒットはしていなかった。彼が東奔西走してスポンサー集めから、出演アーティストの交渉など一手に行っていた。

しかし、このイべントは無料イべントのため出演料を含む製作費などをすべてスポンサーからの資金とニューヨーク市の広報予算からもってこなければならなかったために、すべてがギリギリだった。そこで十分な照明機材が手配できず、タルチンら製作陣はステージを西向きにして、午後3時から始まるコンサートのステージに西日が当たるようにしたほどだった。

このフェスには音楽だけでなく、ダンス、詩の朗読、コメディー、さらには政治的主張のスピーチなどあらゆる文化的パフォーマンスも挟み込まれていた。このあたりがまさに「カルチュラル・フェスティバル」(文化的フェスティバル)と名付けられたゆえんだがローレンスのイべント趣旨は、この時代に慧眼というほかはない。

ライブの見どころはすべて

ライブ・パフォーマンスは、いずれも本当に見応えがある。同じ夏「ウッドストック」にも出るスライ&ファミリー・ストーンは、1969年夏の時点ではまだまだ一般的黒人たちの支持は集めていないが、たとえばモータウンのグラディス・ナイトやテンプテーションズのリード・シンガーを辞めたばかりのデイヴィッド・ラフィンらが一張羅で登場するのに比べて、ジーンズにシャツといった普段着のようないで立ちで登場し、しかも、ロック的ヒッピー的な音楽を奏でており、まだ戸惑う観客もいた。しかし、今ではおなじみとなっている「エヴリデイ・ピープル」では観客も踊りながら楽しむ。

さらにブラックの聴衆にとって驚きだったのが、当時大ヒットしていたミュージカル『ヘアー』の収録曲「アクエリアス」の大ヒットで知られるようになったソフト・コーラス・グループ、フィフス・ディメンションだ。そのサウンドから彼らが黒人であることを初めて知った観客や、一般的なソウル、R&Bと一味違うサウンドに、やはり戸惑う姿もあった。だが、ちょうどこのころは「アクエリアス」が全米で大ヒットし、ポップ・チャートで1位になっていたことから、6回のフェスの中でもっとも多くの観客を集めたのがこのフィフス・ディメンションだった。

圧巻だったのは、ニーナ・シモン、そして、ゴスペル界のメイヴィス・ステイプルズとマへリア・ジャクソンのデュエットだ。前者ニーナは、すでにこの時点で公民権運動や黒人たちに対する人種差別に物申す立場を取っており、その過激なアジテーションぶりは大変な迫力だ。のちのブラック女性シンガー、ソングライターたちに多大な影響を与えるが、その生の姿を目の当たりにするのは感激だ。

また、まだ当時ゴスペル界でも新人で全米的な人気はなかったメイヴィス・ステイプルズがゴスペル界の大御所、マへリア・ジャクソンと共演するシーンも見事だ。実は、このシーンは元々アレサ・フランクリンが登場し、アレサとマへリアのデュオになる予定だったが、アレサが公演数日前にドタキャンし、急遽メイヴィスに代役が回ってきた。レジェンドとデュエットができたメイヴィスが感激したことは言うまでもない。もちろん、この他にマックス・ローチ、レイ・バレット、ハービー・マンらジャズ・アーティストも熱い。