『KAMAKURA』(85年9月リリース)
本作に費やされたレコーディング時間は1800時間。
冬から始まったレコーディングは、再び冬が巡ってきて終わったのだった。
全20曲のほとんど全てに2〜3パタンの別バージョンが存在するという。例えば「吉田拓郎の唄」などは、コンピュータで作っていたものを、途中から生音に替えた。今でこそ、そうしたシミュレーションは比較的短時間でできるようになったけれど、30年以上も前のことである、よほどの執着がなければやり終えないだろうと推察する。
「3ヶ月前の、あの時のエコーのノリがいちばんよかった」などという話を、本当にしていたらしい。
マシン=コンピュータと格闘することにより、アコースティック楽器をとらえ直しているフシも見受けられる。
コンピュータを導入したのは、前作『人気者で行こう』からであるが、2作目となった本作においても、楽曲におけるコンピュータの占有率はそれほど大きくはなく、デモテープの段階から、ほぼすべてをコンピュータで作ってしまう…というものではなかった。
したがって、楽曲に対するメンバー6人の発想もプレイしながら出てくるのであった。
お互いの演奏を聴きながら、楽曲に対するメンバーそれぞれのアプローチが出てきて、さらに変化していくのである。
メンバーがそれぞれの分担領域で“出し切る”意味合いの非常に強いアルバムとなった。
よって、メンバー6人にとっても、とびきりメモリアルなアルバムのようで、デビュー20周年の節目となった1998年に「オリジナル・アルバムの中で、何がもっとも好きか?」という質問をしたところ、『KAMAKURA』あるいは『熱い胸さわぎ』に、答えは集中したのであった。
過渡期のコンピュータと格闘したことで“時代の音”と断じられる部分もあるけれども、音楽体=サザンオールスターズが出したひとつの答えとして、その意義は大きい。
一方、そうした格闘痕が歴然と輝いているアルバムにあって、原由子の歌う「鎌倉物語」のオーディナリィ性が、これほどまでに染み渡るのもまた、サザンの圧倒的な強さだと言えよう。
本作のあと、サザンのメンバーはソロ活動をおこなった。桑田佳祐は松田弘と共にKUWATA BANDを結成。関口和之は、ソロアルバム『砂金』をリリース。野沢秀行と大森隆志は、それぞれにJapanese Electric Foundation、TABO’S PROJECTを始動させたのだった。
(付記)
1:前作『人気者で行こう』において、“techno”というクレジットであった藤井丈司氏は、本作で“Co-Producer”という表記になった。つまりは、コンピュータ・マニピュレータというポジションから共同プロデューサという立ち位置になったと言える。桑田さんの1st ソロアルバム『Keisuke Kuwata』(88年7月リリース)において、桑田&藤井&小林武史氏というプロデュース布陣を獲得したことを考慮すれば、『KAMAKURA』にて挑戦したことも「すべては試金石のよう」と言えるかもしれない。
2:Disc-1の8曲目に位置する「Melody(メロディ)」の卓越したメロディ・ワークが、80年代中期の(リズム・ボックスを含む)当時の“技術楽器”によって表現されているサマを耳にすると、「他のアレンジメントであれば、どうなったのだろう?」と期待混じりの邪推をしまいがちになるけれども、“僕らが生きた傍(かたわ)らに鳴っていた、胸締め付ける歌”として、他のアレンジメントを想定するべきではないだろう。帰らぬあの時は、その時の歌と共にある、のだ。
3:Disc-2の9曲目に収められた「Long-haired Lady」は、レゲエになってしまってもいいほどの、ぎりぎりのところで4拍子のジャズに居留まっている“楽曲風情”と、桑田さんの書いたリリック一節“酔いざめのギター そしてまなざし”が、酔いつつ醒める一定時間の振幅〜レゲエとジャズの間歇(かんけつ)〜を見事に表していて、僕らは、聴くたびに、音楽のゆりかごに揺られるのではなかろうか?
4:Disc-2の2曲目「Bye Bye My Love (U are the one)」は、シングルとしてもリリースされヒットしたが、「Bye Bye My Love (U are the one)」とそのあとにシングル発表された(そして前述した)「Melody(メロディ)」とは、僕の中で同類的な対を成しており、その理由は、どちらの曲も、ある希望的観測に裏打ちされたバンドの、限界と思われた終焉だと感じさせるからである。
“殻(カラ)を脱がない蛇(ヘビ)は死ぬ”と言われるが、どうやったら自分たちの殻を脱げるか? を過敏とすら考えていたのが、サザンオールスターズだったのだと思う。だがしかし、自分たちの(好むと好まざるとに関わらず)限界のようなものは、やってきた。
『KAMAKURA』のあと、桑田さん言うところの「グループは、合議制ではダメ」という名言を生む事態をサザンはむかえるのであるのだが、それは、また“新しい物語”。
ひとまず『熱い胸さわぎ』から始まった、読者諸氏とのささやかな時間旅行に『KAMAKURA』とともに、終止符を打ちたいと思う。
読者諸氏からの、各人の身体に染み込んだ“楽曲と一緒に過ごした季節”がダイレクトに伝わってくる物言いは、僕にとり、とても励みになりました。
この場を借りて“多謝”です。ありがとうございました。