Oct 26, 2016 column

『NUDE MAN』は、凝縮されたウェル・バランスの中に試みの一匙を加えた作品である。

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『NUDE MAN』(82年7月リリース)

『ステレオ太陽族』がリリースされる前にメンバーは比較的長期の休みがあり、ギターの大森隆志(2001年脱退)はアメリカに行き、USのミュージシャンと交流をしたのであるが、その時の発言が、本作を読み解く1つのカギになっているのではないかと思われる。

大森:僕は1人のguitaristを訪ねていったんです。歌手のベッド・ミドラーが主演した『ローズ』って映画があったでしょう? そのローズバンドのリーダーで、ダニー・ワイスっていう人のアパートにギターを持って行った。そうしたら…もうピッキングからタッチから、何にでもすぐに対応できる引き出しの多さとか、すべての面ですごくてね。“僕はある意味でアマチュアだったんだ”とショックを受けた。だって『ローズ』を観ている限りにおいては、ロック少年が好きなように弾きまくっているようにしか見えなかったのに、実はぜんぜん違ったんだよね。アメリカのショウビジネスの厳しさっていうのかな? その人の“運”も確かにあるんだろうけど、よほどの力がないと上がってこれない層の厚さというか、懐の深さを感じましたね。で、そう感じてからは、ひたすら練習ですよ(笑)。
出典:TOKYO FM出版『地球音楽ライブラリー サザンオールスターズ 増補改訂版』(インタビュアー 佐伯明)より。

つまりは、サザンがデビュー時に持っていた、いい意味での学生バンドらしさが、アルバムを制作する毎に抜けていき、プロとしての技量と心情が備わってきたことを示すアルバムである。
メンバー全員が自分の演っている楽器を大切に考えつつ、音の厚みを出したりグルーヴを出したりすることをそれぞれの楽曲で考えているフシがある。楽曲の統一的クオリティも高く、その後のライブでやり続けられた曲もある。
前作『ステレオ太陽族』から本作、次作『綺麗』そして『人気者で行こう』まで4枚のアルバムが7月にリリースされているところからも“夏=サザン”というイメージができあがってくるのだろうが、本作の「夏をあきらめて」を聴いても判るように、サザンの曲に“記号的盛夏”を歌ったナンバーは、ほとんどない。
以前、桑田佳祐は語っていたが、桑田の夏は、梅雨の時季に雲間から想起される、ひしゃげた松と黒い砂と漁船のあるイメージとしての夏であって、その、地元でありながらどこか距離感のある夏が、聴き手の心の行間を浮かび上がらせてくれる。そのことが『NUDE MAN』あたりから明らかになっていくのでもある。

補足として「猫」では大森隆志がボーカルを聞かせてくれている。前作での関口和之ボーカル曲「ムクが泣く」といい「猫」といい、ビートリィ(ザ・ビートルズ的)なところが興味深い。

(付記)
1:本作1曲目を飾る(ビリー・ジョエル楽曲テイストのある)「DJ・コービーの伝説」は、アルバム『10ナンバーズ・からっと』オープニング楽曲として収録の「お願いD.J.」の凝縮版、あるいは拡大発展版であろうし、ハチロク=8分の6拍子ナンバーである「思い出のスター・ダスト」は、『タイニイ・バブルス』に収められた「涙のアベニュー」の〜歌詞内舞台が横浜というところも〜延長線上に位置するものであろう(他にも「匂艶THE NIGHT CLUB」は「勝手にシンドバッド」からのラテン系であるし、「夏をあきらめて」は「別れ話は最後に」を源に持つサザン流ソフィスティケイト楽曲だという気がする)。
してみると、アルバム制作をするにあたり、サザンが自分たちの得意とする楽曲テイストを自覚し、それらを自信を持ってお送りするという“客観視の運び”を身につけた部分が僕ら聴き手にも判る。
では、新味は何かといえば、原由子がボーカルをとった「流れる雲を追いかけて」の、はっきりとしたオリエンタル・メロディ&アレンジであり、ライブ・テイクを初めてアルバムに収録した「PLASTIC SUPER STAR(LIVE IN BETTER DAYS)」だろう。“客観視の運び”ができるようになった反動としての新味の探求はバンドである以上当然のことで、そこで藻掻(もが)いているサザンは、カッコいいなと思う。

2:本作の「Oh!クラウディア」は「いとしのエリー」に勝るとも劣らないバラッドだが、この曲は、ずいぶんとのちに“シークレットライブ‘99 SAS 事件簿 in 歌舞伎町”にて歌われ、桑田さんの“放水”により床がビチャビチャになった新宿歌舞伎町リキッドルームにて、ひとつの美しいエピソードを生んだ。

演奏された「Oh!クラウディア」を聴き、頬を伝う涙を拭おうともせず立ち尽くす男性ファンを見た桑田さんが「ああ、こうした人に向けて曲を書けばいいんだ」と思い、一人自室に篭って書き上げた楽曲が、かの名曲「TSUNAMI」であった…という話は、サザン・ファンにあっては、ある意味で有名なエピソードである。僕は幸運にも、99年9月のリキッドルームでのライブを視察することができたが、その時の終演後の楽屋にて、メンバー6人のどこか満ち足りた顔が、今でも忘れられない。

3:「夏をあきらめて」の2番歌詞で乗ってくるヴァイオリンのピチカート(弦を〜弓ではなく〜指で弾く演奏技法)が、若い頃は、こんなにも胸を優しく締め上げるものだとは感じなかった。サザンの、音に対する細かい配慮に感じ入る今日此の頃なのであった。

 

関連サイト

 

サザンオールスターズ オフィシャルサイト

佐伯明

1960年 東京都国立市生まれ

中央大学文学部仏文科卒。17歳の頃から音楽雑誌に投稿をはじめ、以後、自称“音楽文化ライター”として現在に到る。

著書として「路傍の岩」(ソニー・マガジンズ)のほかに「らんまるのわがまま」(音楽専科社)、「音楽ライターになりたい」(ビクター・ブックス)「B’z ウルトラクロニクル」「ミラクルクロニクル」(ソニー・マガジンズ)などがあり、共著に「桑田佳祐 平成NG日記」(講談社)「徳永英明 半透明」(幻冬舎)「もういらない 吉田拓郎」(祥伝社)などがある。

独自の文体と鋭い音楽的視点は、リスナーから高く評価され、アーティストの間にも‘佐伯ファン’は少なくない。

現在、FM横浜にて「ロックページ〜ミュージック・プレゼンテーション」の構成を担当
https://twitter.com/RockPage_847

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佐伯明blog 音漬日記 参
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