『ステレオ太陽族』(81年7月リリース)
『タイニイ・バブルス』では、ホーンとストリングス・アレンジを新田一郎と八木正生が担当していたが、本作では八木正生だけになり、弦&管楽器のアレンジのみならず、通常のアレンジにも参加している(ちなみに八木さんは91年に逝去された)。
と同時に、原由子もソロ・シングル「I Love Youはひとりごと」を発表し、よりバラエティに富んだ楽曲を作り出したアルバムと言えるだろう。(本作で「ムクが泣くでは、関口和之がボーカルを披露、作詞・作曲も関口さん自身によるものだ。
この時期、サザンはヘッドアレンジ、つまり、スタジオでまず音を出してみて楽曲の構成やソロパートを決めていく、バンドである以上避けて通れない〜しかしながらPC普及後のバンドはほとんどやらない〜やり方をしており、そこに八木正生が加わり、より洗練され頭脳的なアレンジメントになってきたことが判る楽曲ばかりだ。
サザンの8分の6拍子楽曲の決定打であろう「栞のテーマ」を筆頭に、映画『モーニング・ムーンは粗雑に』にて使用されたナンバーが収録されており、「朝方ムーンライト」など、映像を喚起させる、ある種のノーブルさを備えた曲が多い。ちなみに「朝方〜」のタイトルは、原が軽い気持ちで口にしたところ、決まったという。
サザンのデビュー前から、原にはお気に入りの曲のタイトルがあり、例えば「悲しみはブギの彼方に」や「娘心にブルースを」などがそれに該当する。
彼女が98年に上梓した初のエッセイ集に“娘心にブルースを”と付けたのは、そうした経緯があったからだ。
前述の「朝方ムーンライト」の「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)」など、当時のシングル曲としては、挑戦的なナンバーをシングル・カットしてみせたりもした。
サザンの場合、いわゆる定型に近いロック楽曲は、それまでシングルになっておらず、メンバーは「(Big Star Bluesを)これがシングルとして売れたらいいな」と思い、リリースしたという。
コーラスで入るEveの3人のファンキー・コーラス、パート的に入るチョッパー(スラップ)ベースも耳に残る。
そして、3連のロッカ・バラードの名曲「栞のテーマ」が最終トラックに位置している。渚で起きたロマンスを、これほどまでにセピア色を混ぜ合わせつつ成立させた楽曲は、後にも先にも見当たらないであろう。
本作から3作ほどは、サザンの成熟と挑戦が続いていくのだ。
(付記)
1:「My Foreplay Music」は8分のピアノのバッキングにディストーション・ギターのリフが乗ってイントロを形成するというもの。
いわゆるわかりやすいロック楽曲のアレンジであるが、サザンにとってこうした“ロックの紋切り型イントロ”は、前3作に収録された楽曲群には不思議にも見当たらなかったことを忘れてはなるまい。
言うなれば、サザンは「ブルース+昭和歌謡+(少々)ラテン&ジャズ」というボーダーあたりで彷徨(うろつ)くことを標榜せずに実践したロックバンドなのであり、一意専心的にロック・ミュージックを消化吸収しようとしたバンドではない気がする。
その事態を有り体に形容すれば“雑食体質”なのだろうが、重要なのは、ロックに一定の距離を取ってブルースやら昭和歌謡の複合体=ミクスチュアを音楽にしたことで、結果として「僕らにとってロックって、何だったのだ?」と考えさせるところが、非常に“奥ゆかしいロックバンド”なのでもあろう。
「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)」も、オルガンが奏でる簡素なリフにギターがユニゾンするわかりやすい構造を持っている。ロックの記号然たるイントロを持つ楽曲をサザンがはっきりと発表したことは、混沌体として存在してきたバンドの舵を、より記号化したロックバンドにしていく胎動=予兆であり、すなわちそのことは、メガ・バンドへの1歩なのでもある。
2:「恋の女のストーリー」は、スウィング感こそ強調してはいないが4拍子のスロウ楽曲と捉えることも可能であり、サザンが〜(音楽的)背伸びであれ何であれ〜1981年当時、ジャズの感触を盛り込むことに苦心努力したことで、アルバム発表から35年の歳月を経て、今日(こんにち)的な趣味趣向の満足と過去の若気の至りの甘酸っぱさが混合して耳の奥に鳴るのは、至福の時である。八木さんが編曲を担当した「我らパープー仲間」と「ラッパとおじさん(Dear M-Y’s Boogie)」(周知の如くM-Yとは八木正生さんのこと)を含め、「恋の女のストーリー」から「ラッパとおじさん」までの3曲は、私見ではアルバムの文字通り“中核”を成している、と思う。
今、改めて『ステレオ太陽族』に針を落としてみたり、ヘッドフォンで聴いてみたりすると、前作に収められた「涙のアベニュー」や「恋の女のストーリー」が、中年男=自分の現在地点を明らかにすると同時に、これまでの道程の“吹けば飛ぶような”軽さを慰めてくれるようで繰り返してしまうのは、やはり、僕自身の脳細胞の欠落に起因するものだろうか?