『10ナンバーズ・からっと』(79年4月リリース)
『10ナンバーズ・からっと』は、まばゆくも名残り惜しい青春の光束である。
自分がいつから大人になったのか? その問いに「はい、何年(の何月)からです」と、はっきり答えられる人は、はたしてどのくらいいるのだろうか?
そもそも、そんな人がいたら、僕としては「ずいぶんと明瞭かつ浅薄な人だな」と決めつけざるをえない。
なぜなら、今では18歳で選挙権を持て、20歳で飲酒や喫煙が可能になるが、それすなわち大人になるとは思えないからだ。
では、仕事についてギャランティが発生すれば、大人になった証に充当するのか? 家庭を持ち、ある年齢に達したら、いかんともしがたく大人になったと自己確認せざるをえないのか?
ロックンロール音楽を10代の頃に刷り込まれてしまった人間たちには、誰がどう強制したわけでもなく「Don’t Trust Over 30」、つまり30歳以上の人間を信じるなという“精神的縛り”ができている。
「Don’t Trust Over 30」は、換言すれば「大人は信じない」という言説内容である。大人は信じないのに、加齢とともに“大人に似た者”になってしまった僕を含む人間は、どこかで無様な存在なのかもしれぬが、大人たちを睨(にら)みながら加齢してきた結果、振り返ってみれば「あのあたりが我が青春の終わりだったのかな」と感じられることは、僕を含む多くの人にあるのではないか?
無闇に憤慨しつつも周囲に対してエネルギッシュに対応し、勝手にリバウンドを感じて鬱屈してしまうようなことがなくなったと思える“あのあたり”だ。逆から言えば、青春とは仮に何らかの地図があっても建設的に事を運べない、無我夢中の時期を指すのかもしれない。
さて……’79年はツアーをしながら、「勝手にシンドバッド」と並んで初期サザンオールスターズを象徴する名曲「いとしのエリー」をリリースした彼ら。
その“エリー”を収録したのが本作『10ナンバーズ・からっと』である。
勢いに乗りながらも、好きなことをやるサザンが、楽曲としてアルバムに点在している。
「いとしのエリー」は、2ndシングル「気分しだいで責めないで」の反動とも取れる曲だろう。コミックバンド呼ばわりされる火種は、自分たちで作ったサザンだったが、その真意を知ろうともせずに決めつける輩への王道的レスポンス的楽曲。もっとも“エリー”がヒットしたあとに言われた「サザンは実力派」という形容に、いちばん困惑したのも他ならぬバンドメンバー全員であったが……。
ちなみに松田弘は、「“エリー”を出すまでは“サザンはコミックバンドだ”って言われていたのに、“エリー”が出たら“実力派・サザン”とか言われちゃって。内心“どっちなんだよ?”って思った(笑)」と、のちに発言している。
アルバム中3曲に、歌詞カードに記載するリリック=歌詞が、※♂●といった記号となっている楽曲がある。その意図は、放送コードに引っ掛かる単語&フレーズがある、もしくは別段、歌詞カードに載せるような歌詞でもない、というようなことではないかと、推察される〜実際のところは、桑田さんの歌詞がレコーディング時に完成していなかったというが〜。
しかしながら、私見ではこの3曲こそ、サザンの音楽的進化を感じさせる重要なものだと思う。
「奥歯を食いしばれ」はキーボードのリフにギターのアタックを付けた骨子を中心にしながら、ドラムスとパーカッションで間合いを取り、ベースがその隙間を埋めていくという、おいそれとはできない楽曲である。
曲中で、レゲエ・セクションが登場するのも斬新だ。
少なくとも、1stアルバムにて「レゲエに首ったけ」と銘打ってレゲエを演奏していた部分が、より熟(こな)れてきたことは間違いない。
「アブダ・カタブラ(TYPE2)」は、ディキシーランド・ジャズ的なアレンジが施されており、薗田憲一&ディキシー・キングスがスペシャルゲストとして参加している。
もともとロックとラテンとジャパニーズ大衆音楽の交差点に立っていたサザンであるが、より泥臭い音楽ファクターを身に付けようとしているところは注目に値する。
極めつけは、中華風のイントロで始まる「ブルースへようこそ」。後奏部分で、ブルースにリトル・フィート的展開を混ぜ合わせていくのは、ひとつ、サザンの“技”であろう。
本作は、TV局とレコーディング・スタジオの往復によってできたアルバムであり、TV局には昼頃に入り、レコーディング・スタジオには夜中近くに入った。TV局ではメンバー全員でピンク・レディーの楽屋にサインをもらいに行ったこともあるという(笑)。しかし、そうしたミーハー的なことをしつつも、サザンは「やっぱり自分たちは違う人種なんだろうな」ということを確認していくのであった。
ひるがえって、バンドに青春期はあるのだろうか? と考える。
もとよりバンドという存在そのものが、青春の賜物なのだから、長く続いているバンドであっても、“続行する青春”という認識は否めないだろう。
だが、『10ナンバーズ・からっと』を聴くと感じる「ひょっとすると、あのあたりが青春の終わりだったのか?」という曖昧にして胸に染みる感覚が、歴然としてある。この感覚は、果たして全くの僕個人だけのものなのだろうか?
(付記)
1:本作のジャケット写真、表ジャケには大森隆志、桑田佳祐、原由子、裏ジャケには野沢秀行、松田弘、関口和之が写っている。表の3人は仏頂面(あるいは真面目)であるのに対し、裏の3人は笑みを浮かべている。この対比がバンドらしくて素晴らしい。メンバーのPhotoが採用されたアルバム・ジャケットでは、個人的にもっとも好きである。
2:激忙の中でレコーディングされた本作だが、「思い過ごしも恋のうち」などを聴いていると、桑田さんの声はハスキーでパワフル、さらに憂いをも孕んでいて、無敵な声だなと思う。今年8月に桑田さんのラジオにマーチン(鈴木雅之)さんがゲスト出演した際、「デビュー前初めてコンテストでサザンと一緒になった時、(桑田さんの声を聞いて)絶対40歳くらいの人だと思った」と語っていたけれど、若くして〜当時桑田さんは23歳〜こうした声が出せたのは、ほとんど奇跡の部類に属することだろう、と思うが、読者諸氏はどう思われるだろうか。