ソフィアとプリシラ
『プリシラ』はソフィア・コッポラが追いかけてきたテーマと完全に一致する題材だ。父フランシス・フォード・コッポラのアドバイスを守り、題材とのパーソナルなつながりを持つことを何よりも重要視してきたソフィア・コッポラにとって、これほど自身の個人史とリンクする題材もなかなかないだろう。
ソフィア・コッポラは高名な映画作家である父親の横にいる妻エレノア・コッポラのことを度々インタビューで語っている。ソフィア・コッポラの映画作家としての出自、動機には母エレノア・コッポラとの強いつながりがある。70年代にコンセプチュアル・アートを創造していたエレノア・コッポラは、素晴らしい夫と美しい家庭を築くことだけでは、決して満足できなかったことを娘に語っていたという。またエレノア・コッポラは、ハリウッドの作り出す価値観に懐疑的で、むしろ軽蔑していたという。ソフィア・コッポラによるパンキッシュでフェミニズムな思考の源泉はここにあるといえる。『プリシラ』にはエルヴィス・プレスリーの妻という枠に収まることができなくなっていくプリシラの“変身”と成長が描かれている。
ソフィア・コッポラのフィルモグラフィー中、『プリシラ』と最もつながりの深い作品は間違いなく『マリー・アントワネット』だろう。グレイスランドの門をくぐるプリシラとヴェルイサイユ宮殿に到着したマリー・アントワネットの姿は共鳴している。14歳から始まる物語という点においても一致している。ヴェルサイユ宮殿の噂話、グレイスランドの噂話。この2つの作品には様々な点で共通項がある。ソフィア・コッポラは『プリシラ』の寝室のシーンを撮りながら『マリー・アントワネット』のことを思い出したという。
囚われの少女となったマリー・アントワネットは、セルフプロデュースによる享楽的な“ステージング”をヴェルサイユ宮殿で繰り広げる。マリー・アントワネットほど無邪気な享楽性はないが、プリシラもまたどんどん変身していく。大人の衣装を着せられた子供のようだったプリシラが、いつの間にか衣装を着こなしていく。“プリシラ・プレスリー”というアイコンのパブリックイメージへの変身。マリー・アントワネットのヘアスタイルがウエディングケーキのようにどんどん大きくなっていったように、プリシラのヘアスタイルも大きくなっていく。マリー・アントワネットを演じたキルスティン・ダンストから大推薦を受けたというケイリー・スピーニーは、ソフィア・コッポラ映画のヒロインの系譜を見事に引き継いでいる。