02. 映画ライターが選ぶ2022年おすすめ映画
『女神の継承』:ホラーが当たった今年一番凶暴な映画
思えば2022年はホラー映画の当たり年だったと言えそうだ。ジョーダン・ピールのSFホラー『NOPE/ノープ』、スコット・デリクソンの青春謎解きホラー『ブラック・フォン』、北欧ホラー・ファンタジー『LAMB/ラム』、A24製作のスラッシャー映画『X エックス』、SNSでも大人気だった台湾ホラー『呪詛』、同じく台湾発のパンデミック人体破壊映画『哭悲/THE SADNESS』。邦画にもさまざまな秀作があった。
そんな中、筆者が胸を張って「この映画が一番凶暴だった」と言えるのが、本作『女神の継承』である。韓国とタイの合作で、原案・プロデュースは『哭声/コクソン』(2016年)のナ・ホンジン。『心霊写真』(2006年)のバンジョン・ピサンタナクーンが監督を務めた。ある日、タイの東北部・イサーン地方の村に暮らす祈祷師一族の娘に異変が生じる。家族は「女神が乗り移ったのだ」と考えるが、娘に憑依していたのは土地の女神ではなく‥‥。
「恐怖」にもいろんな怖さがあるが、本作の魅力はさまざまな怖さが絶妙にブレンドされているところ。閉鎖的な村のコミュニティ、祈祷師一族の姉妹に漂う不和、2人に深く関わりたくなさそうな兄‥‥といった人々が織りなす“イヤな空気”の怖さ。全編がドキュメンタリークルーの残したビデオという形で進行する、フェイク・ドキュメンタリーとしてのリアリティも怖い。その一方、大音量で観客を驚かせる手法(ジャンプスケア)もあれば、ただ“何か”が映っているかどうかだけで戦慄させる心霊テープめいた演出もある。
とりわけ容赦ないのは、ただただ”最悪”に向かって突き進んでいくストーリーだ。「頼むからこうはならないでほしいな‥‥」と想像したとたんに物語はそちらに向かって転がり始めるし、「どうしてこんなディテールにするの‥‥」と目を覆いたくなるほど不気味でイヤな演出もある。ナ・ホンジンが『哭声/コクソン』のスピンオフとして当初構想した物語は、同作のダークさをそのままに、バンジョン監督の手でより凶暴なものとなった。和製ホラーに近い雰囲気もあるだけに、日本の観客は親近感をおぼえるかもしれない。
しかし本作は、時々ある「観客を不快にさせる映画」とは明らかに一線を画している。確かに最悪、確かに怖い、確かにグロテスクなのだが、細部まで緻密に構築されているからこその重厚な見ごたえと、決して観客を置いていかない(エンターテイメントとしての)節度と品性を備えているのだ。それはナ・ホンジン&バンジョン・ピサンタナクーンの類まれなる才気によるものだが、だからこそ鑑賞後にはどこか奇妙な晴れやかさが残る。それは、日常からかけ離れた“最悪”からこそ得られるカタルシスだろう。 年末年始の穏やかな時間に、なぜわざわざイヤな映画を‥‥と思われるかもしれないが、これは一種の厄払いでもある。今年の”最悪”は今年のうちに、あるいは新年早々に精算するが吉。ただし鑑賞には体力を使うので、くれぐれもコンディションにはご留意を。
文/稲垣貴俊
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