02. 映画ライターが選んだ2022年おすすめ映画
『コーダ あいのうた』:ひとりでも、大切な人とふたりでも観たいアカデミー賞受賞作品
第94回アカデミー賞で作品賞・助演男優賞・脚色賞の3部門に輝いた『コーダ あいのうた』は、フランス映画『エール!』(2014年)の英語版リメイク。自分以外はろう者という家庭に育った少女・ルビーが、「歌いたい」という思いに気づき、葛藤のなかで自分の道を進んでゆく物語だ。ルビー役のエミリア・ジョーンズは、手話を一から学び、またその美しい歌声によって作品に説得力をもたらしている。
タイトルの「コーダ(CODA)」とは、耳の聞こえない(聞こえにくい)両親を持つ子どものこと。ルビーの生まれ育った環境を、冒頭から観客にはっきりと知らせる脚本と演出はすこぶる巧みで、“自分だけが聴こえる”という特殊な家庭のありようをシリアスに、ときにコミカルに描き出す。ルビーが幼い頃から家族の通訳係を担い、両親や兄と社会をつなぐ役目を果たしてきたこともすぐにわかるだろう。もちろん、「本当にそれでいいのか」ということが作品の肝になっているのだが。
特筆すべきは、ろう者であるルビーの家族の描き方だ。フィクションの世界において、障がい者は時に神聖化されたり、美しいものとして描かれたりするが、本作は彼らをごく当たり前に日常を生きる人々として扱う。豪快な父、心配性が隠しきれない母、家族をよく見ているがゆえに苛立つ兄。両親が性に開放的だったり、兄がマッチングアプリで彼女候補を探していたりと、それぞれの性事情も(笑いのスパイスを添えながら)避けて通らない。音楽を学びたいというルビーを侮り、家族のため手元に置いておこうする心情にもリアリティがある。ほとんど“毒親”すれすれの――むしろ完全にアウトな瞬間もある――人物像に踏み切ったところも、物語に割り切れない複雑さを与えている。
アカデミー賞に輝いた父役のトロイ・コッツァーをはじめ、出演者は母役のマーリー・マトリン、兄役のダニエル・デュラントの演技もすばらしい。ルビーが思いを寄せるマイルズ(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)や顧問のV先生(エウヘニオ・デルベス)のほか、友人や町の漁師たちもキャラクターが立ちまくり、ルビーの成長を描く青春映画として魅力的なアンサンブルとなっている。
そんな中、ろう者への差別や社会構造の不均衡、貧困といった諸問題を織り込んだ手腕が見事だ。監督・脚本のシアン・ヘダーは、原作の『エール!』にあった要素を多層的・多面的にアップデート。ルビーたちの抱える問題がきわめて社会的なものであり、そのなかで家族が葛藤しながら新しい選択をつかみ取るさまをドラマティックに描いた。だからこそ、ルビーのデュエットで“音が消える瞬間”も、彼女の喉に父が触れることも、あれほどまでに観る者の胸を打つ。だからこそ家族の大胆な振る舞いもパンキッシュに、そしてコミカルに見えるのだ。
とてもシンプルな映画ながら、ウェルメイドな人間ドラマと優れた演出に笑い、泣き、そして歌声に心が震える。終盤で歌われる『青春の光と影』は、この曲以外ありえないと思わせるほどに象徴的だ。物語と演出、音楽の力強さを存分に味わえる一作である。ひとりで観ても、大切な人と一緒に観てもいい。
文/稲垣貴俊
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News / 映画『コーダ あいのうた』第94回アカデミー賞 作品賞 / 助演男優賞 / 脚色賞3部門受賞
監督・脚本:シアン・ヘダー
出演:エミリア・ジョーンズ、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、マーリー・マトリン
配給:ギャガ GAGA★
© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
公式HP gaga.ne.jp/coda
配信サイト U-NEXT