Jan 15, 2022 column

第3回:2022サンダンス映画祭の白羽の矢

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ロサンゼルス・カウンティの新型コロナウィルス新規感染者は、お正月明けの4日でほぼ9万人と、オミクロン株ですでに上昇していたクリスマス時の感染者数から2倍に膨れ上がり、現在はその半分以下に減少しているものの、さらなる大きなコロナ渦に飲み込まれる新年となった。

映画界もその影響を受け、新年に予定されていたアカデミー賞前哨戦の授賞式はほとんどが延期。去年から人種差別問題、的確なジャーナリストを締め出して少数の100人以下の記者で運営されていた点(アカデミー賞は約1万人、エミー賞は2万人以上で構成)などが指摘されていたゴールデングローブ賞の組織HFPA(ハリウッド外国人記者団体)は、今年もNBCのテレビ放映権が回復せず、メジャーの映画会社、TVのPR会社はボイコット。ノミネートされた映画人もほとんどが無反応を貫き、セレブのプレゼンターも参加しなければ、ライブストリーミングも行われなかった。毎年華やかだった授賞式会場ザ・ビバリー・ヒルトン・ホテルでは、HFPA組織エグゼクティブと会員のみで静かに79年目の受賞者を現地時間の1月9日に発表。作品賞(ドラマ)には『パワー・オブ・ザ・ドッグ』、非英語映画部門(旧外国語映画賞)には去年のアカデミー賞前哨戦からパワー・ヒッターである濱口監督の『ドライブ・マイ・カー』が受賞したにもかからわず、米報道的にはさらっと触れられたのみに終わった。

新しい才能が発掘されるサンダンス映画祭

ユタ州のスキー・リゾート、パークシティで毎年行われているサンダンス映画祭は、インディペンデントの映画人が世界中から集まる映画祭で、映画関係者、及び、観客が数万人規模で集まる新年の大映画イベント。今月20日から対面形式とオンラインのハイブリッド実施用に、劇場収容人数制限やワクチン証明証の提示、マスク着用など実施の準備が進められていたが、オミクロン株の市中感染力を懸念し、すべてオンラインで行なうことが正式に決定。現地時間の1月5日に発表された。

その結果をうけて、参加辞退を表明したのがミシェル・アザナヴィシウス監督の仏映画、ゾンビ・コメディの『Final Cut』。この作品は日本から新しい映画旋風を巻き起こした上田慎一郎監督作『カメラを止めるな!』(2018)の仏版リメーク。同映画関係者は、サンダンス映画祭での対面形式のプレミア上映を楽しみにしていたが、この作品のプレミアはやはり劇場で行ないたいとコメント。サンダンス映画祭主催側の意向を尊重しながらも、オンラインでのプレミアは辞退した。

映画『Final Cut』 ©Sundance

サンダンス映画祭史上最高!約26億円落札映画が日本にも上陸

去年コロナ渦で全オンライン実施だったサンダンス映画祭のグランプリ、監督賞、観客賞、アンサンブルキャスト賞と、史上最多4冠に輝いたのが映画『コーダ あいのうた』。今月21日に、日本でも全国公開される待望の話題作である。この映画は仏インディペンデント作品『エール!』(2014)のリメイクで、米女性監督シアン・ヘダーが、初長編『タルーラ 〜彼女たちの事情〜』(2016)の上映のため、サンダンス映画祭に参加した際、リメイク権利を保持していたプロデューサーに声をかけられ、脚本の舞台を米東海岸の漁師町におきかえて描いた力作である。

主人公ルビーは聴覚障害をもつ両親と兄に囲まれて育った高校生。常に家族の通訳として育ち、陽気に育ちながらも他人の視線に敏感。気になる男子の参加する合唱クラブに加入するが、幼いころに話し方が変だと人前で笑われて以来、大勢の前で歌うなど、全く自信がない。一見、スパルタな音楽教師の特訓により、その才能をみるみる開花させていくルビー。教師にも音楽大学に進むことをすすめられて有頂天になるが、歌うという情熱を両親には理解してもらえない。唯一、世間とのつながりを可能にしてくれていた娘を手放すことを拒む両親と、家族への義務感に揺れるルビー。

主人公ルビーを演じるのは英国女優エミリア・ジョーンズ。抜群な歌唱力の上に、アメリカの手話(ASL)表現もマスターし、責任感の強い高校生を熱演している。ルビーの歌う楽曲も、映画の内容に合わせて「ユアー・オール・アイ・ニード」などマーヴィン・ゲイとタミー・テレルのデュオが歌うソウル・ミュージックや、ジョニ・ミッチェルのバラードなどが選曲され、映画を盛り上げている。

オリジナルの仏映画『エール!』は2014年にフランス本国で大ヒットしたが、ある批評家は聴覚障害のある両親の役に実在の聾唖(ろうあ)俳優がキャストされなかったことを批判。聴覚障害者の中で「歌う」という概念がいかに遠い世界なのかを反映できていないとコメントしていた。しかし、この映画では、アカデミー賞主演女優賞(『愛は静けさの中に』)も受賞しているマーリー・マトリンが母親役を熱演。TVシリーズでも活躍する聴覚障害のある男優トロイ・コッツァー(TVシリーズ『マンダロリアン』)が父親役を演じ、今年のアカデミー賞前哨戦でも彼の演技は高く評価されている。とくに、耳の聞こえない父親が娘のパッションを理解したいと、無力さに打ちのめされるシーンなどは涙なしには見ていられない。新星の兄役、ダニエル・デュラントは手話演劇の常設劇団デフ・ウェスト・シアターでも大人気な俳優。妹の夢をかなえたいと独立心を手話で表現するシーンやコメディーあふれる家族の会話など、セクシーで魅力的な役者である。

CODA(コーダ)とは、聴覚に障害のある親の子供たち(Children of Deaf Adults)を略した総称。家族と同じ言葉を話せないというコミュニケーションの複雑な中で織りなすドラマは、同言語を話す家族も同様に共鳴するむなしさや葛藤、そして愛情に満ち溢れている。さらには、「歌う」という世界共通だと思われがちな行為が聴覚障害者には理解できないという点など、映画の多角的視点が見事に描かれている。

日本映画『カメラを止めるな!』→仏映画『Final Cut』、仏映画『エール!』→米映画『コーダ あいのうた』と、メディア・コンテンツ業界のリメーク、スピンオフはグローバルに展開され、ビジネスチャンスを広げる仕組みがどんどん広がっている。『カメラを止めるな!』の仏リメーク映画の波はさらに、上田慎一郎監督の新作『ポプラン』にも波紋し、言葉の壁を超えて、世界中の映画が呼応し、観客がアクセスできる時代に突入している。

文 / 宮国訪香子

作品情報
映画『コーダ あいのうた』

豊かな自然に恵まれた海の町で暮らす高校生のルビーは、両親と兄の4人家族の中で一人だけ耳が聞こえる。陽気で優しい家族のために、ルビーは幼い頃から“通訳”となり、家業の漁業も毎日欠かさず手伝っていた。新学期、秘かに憧れるクラスメイトのマイルズと同じ合唱クラブを選択するルビー。すると、顧問の先生がルビーの歌の才能に気づき、都会の名門音楽大学の受験を強く勧める。だが、ルビーの歌声が聞こえない両親は娘の才能を信じられず、家業の方が大事だと大反対。悩んだルビーは夢よりも家族の助けを続けることを選ぶと決めるが、思いがけない方法で娘の才能に気づいた父は、意外な決意をし‥‥。

監督・脚本:シアン・ヘダー

出演:エミリア・ジョーンズ、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、マーリー・マトリン 

配給:ギャガ GAGA★ 

© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

2022年1月21日(金) TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開

公式HP gaga.ne.jp/coda

作品情報
映画『ポプラン』

東京の上空を高速で横切る黒い影。ワイドショーでは「東京上空に未確認生物?」との特集が放送されている‥‥。田上は漫画配信で成功を収めた経営者。ある朝、田上は仰天する。イチモツが失くなっていたのだ。田上は「ポプランの会」なる集会に行き着く。そこではイチモツを失った人々が集い、取り戻すための説明を受けていた。「時速200キロで飛びまわる」「6日以内に捕まえねば元に戻らない」「居場所は自分自身が知っている」。田上は、疎遠だった友人や家族の元を訪ね始める。家出したイチモツを探す旅が今はじまる。

監督・脚本:上田慎一郎

出演:皆川暢二、 アベラヒデノブ、徳永えり、しゅはまはるみ、井関友香、永井秀樹、竹井洋介、鍵和田花、朔太郎、西本健太朗、佐藤旭、清瀬やえこ、上田耀介、茨城ヲデル、藤野優光、高木龍之介、原日出子、渡辺裕之

配給:エイベックス・ピクチャーズ

©映画「ポプラン」製作委員会

公開中

公式サイト popran.jp

宮国訪香子

L.A.在住映画ライター・プロデューサー
TVドキュメンタリー番組制作助手を経て渡米。 ニューヨーク大学大学院シネマ・スタディーズ修士課程卒業後、ロサンゼルスで映画エンタメTV番組制作、米独立系映画製作のコーディネーター、プロデューサー、日米宣伝チームのアドバイザー、現在は北米最大規模のアカデミー賞前哨戦、クリティクス・チョイス・アワードの米放送映画批評家協会会員。趣味は俳句とワインと山登り。