『モンスターマザー』が描いた恐ろしさは“毒親”だけではない。全国大会で活躍する名門バレーボール部の1年生部員が自殺したことから、新聞やテレビは“息子を失った悲劇の母親”高山さおりの言い分に偏った形で報道し、あたかも部内でいじめが横行し、高校側はその事実を隠蔽していたかのように広まってしまった。校長が「校内でのいじめはなかった」と主張した会見は、テレビ局側の恣意によって歪められてしまう。慣れない会見を終えてホッと安堵した校長の一瞬の表情をカメラは捉え、「生徒が自殺したのに笑っている校長」というセンセーショナルなニュース映像として出回ることになった。その結果、高校には嫌がらせの電話が鳴り響き、さらにネットを介して誤った情報が拡散し、県大会地区予選に出場したバレーボール部には「人殺し!」という心ない野次が飛ぶという悪夢が続く。ニュースの速報性やインパクトを重視するあまり、“裏を取る”という報道取材のセオリーを省いたマスメディアによるミスリードが騒ぎを大きくし、モンスターマザーを増長させる要因となった。
7年間におよんだ裁判は、高校側の勝訴で終わった。だが、自分に非があることを認めていない高山は、裁判所が命じた学校関係者への損害賠償金をまったく払わないままとなっている。また、学校関係者たちには家庭内に問題があることを察知しながらも、自殺した生徒を救えなかった後悔の念が残り続けることになった。『モンスターマザー』を読み終えた後には、どんよりとしたやりきれなさが残る。同じ著者による第6回新潮ドキュメント賞受賞作『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮社刊)も、やはり“毒親”“モンスターペアレント”を題材にしており、生徒想いの小学校教員が「暴力教師」の烙印を押されてしまった理不尽な事件を取り上げている。モンスターは様々な場所に潜んでいる。
『明日の約束』の最終回、スクールカウンセラー・日向先生は、自分を育てた実の母・尚子、我が子を死に追い詰めた真紀子という2人の毒親に対し、どんな対応を見せるのだろうか。2冊のハードなノンフィクション本を読んだ後だけに、テレビドラマ『明日の約束』は希望を感じさせるラストであってほしい。井上真央の笑顔が見たい。
文/長野辰次
『モンスターマザー―長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い―』福田ますみ(著) / 新潮社
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