Sep 30, 2022 column

『マイ・ブロークン・マリコ』あらゆるレッテルを拒否する怒りのヒロイン、シイノ=永野芽郁

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漫画的・映画的

原作者の平庫ワカは独学で作画を学ぶ際、映画をDVDで再生して、モニターにトレーシングペーパーを当ててトレースしていく作業をよくしていたという。原作『マイ・ブロークン・マリコ』の作画が、シイノの激しさと共鳴するかのように、とても動的に感じられる理由はそこにあるのかもしれない。

©平庫ワカ/KADOKAWA

シイノがマリコの遺骨を抱えてアパートから飛び降りるシーンは、本作の最初のハイライトだが、漫画のコマ運びで見るストップ・モーション的に永遠を留める美しさとは別の美しさが映画版には刻まれている。シイノが飛び降りる瞬間は、ほんの一瞬であるにも関わらずスローモーションであるかのように見る者の記憶に留められる。

平庫ワカによる原作が、動的であるがゆえにデフォルメ化されない生命力を感じるのと同じように、タナダユキによる映画版は、シイノ=永野芽郁を捉えたドキュメンタリー性の強さゆえに、キャラクターをデフォルメ化させない。私たちの生きている世界にこんな人はいないとは決して思わせない説得力を獲得している。漫画の実写化において、今日このことはとても稀少なことのように思える。キャラクターの息遣いや、声の色、カメラの前で持続する俳優のエモーション、瞬発力の強さ、そして演技の間合いや余白が、本作に激しい生の息吹を吹き込んでいる。

マリコの残した手紙は、少女時代のマリコの「声」という音色と共によみがえる。タナダユキ的ともいえるシームレスな回想の技巧が、本作では音声の面においても施されている。マリコの声は、失った人を思い出すというシイノによる悼みのプロセスと響き合う。また、劇中に出てくるマリコの手紙は、画面に映らない手紙も含めて、すべて奈緒による直筆のものなのだそうだ。

死者と共に生きる

「もういない人に会うには、自分が生きているしかないんじゃないでしょうか‥‥」

「まりがおか岬」で偶然出会ったマキオ(窪田正孝)は、シイノにそう告げる。マリコにとってシイノは、保護者であり、姉であり、本人たちは無意識だが、お互いを補完し合うような親友だった。マリコはシイノの子供として産まれたかったとさえ告白している。シイノはいつもマリコに振り回されているように見えるが、どんなときも決して嫌な顔を見せない。あるときはフライパンを振り回してマリコを虐待から守ろうとするシイノ。それでもシイノはまだ自分がマリコの役に立てたことがないと思っている。

原作ではマリコの遺骨を不注意で落としそうになるシーンで、「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」とシイノの心の声が入る。キャッチ・ミー!シイノにとってマリコは追いかける存在であり、手の届かない存在だったが、マリコにとってのシイノもまた追いかける存在だったのかもしれない。少なくとも2人が激しい感情に駆られていたのは、確かなことだろう。マリコは激しさをどこかに隠した。マリコが生き延びるために隠さざるを得なかった激しさを、シイノは剥き出しの感情で代弁してくれた。

『マイ・ブロークン・マリコ』は、どうすれば他人のために生きられるのか?という問いに関する映画でもある。マリコはシイノが本気で怒ってくれるのが心から嬉しかった。そのときだけ生きている心地がした。シイノのひび割れたスマホの画面のように、マリコの遺影にひびが入る。たとえマリコがいなくなったとしても、2人はどこまでも共鳴している。

その意味で本作のラストショットは、お互いに追いつこうとしていた2人の足並みが、マリコが死んで以降、初めて揃った瞬間なのかもしれない。シイノはマリコの遺骨を抱え「最初で最後の旅行」をすることで、死者と共に生きていくことを知った。失った人を思い出すということは、その人の人生を頭の中でもう一度生き映していくことなのかもしれない。心優しきマキオが言うように、亡くなった人にもう一度会えるとするならば、まず自分が生きなければならない。

懐かしさと悲しみが同じ熱量で押し寄せてくる本作のラストショットで、シイノはマリコの破顔した笑顔のイメージに追いつく。シイノはマリコの生きたイメージを発見する。このラストショットは、怒りや後悔、悲しみや諦め、あらゆる感情が整理されることなく剥き出しのまま疾走する役を生きたシイノ=永野芽郁に捧げるにふさわしい、決定的な美しさを持つラストショットなのだ。

文 / 宮代大嗣

作品情報
映画『マイ・ブロークン・マリコ』

鬱屈した日々を送るOL・シイノトモヨは、テレビのニュースで親友・イカガワマリコが亡くなったことを知る。学生時代から父親に虐待を受けていたマリコのために何かできることはないか考えたシイノは、マリコの魂を救うために、その遺骨を奪うことを決心する。「刺し違えたってマリコの遺骨はあたしが連れて行く!」。マリコの実家から遺骨を強奪、逃走したシイノは、マリコの遺骨を抱いてふたりで旅に出ることに。マリコとの思い出を胸にシイノが向かった先は‥‥。

監督:タナダユキ

原作:平庫ワカ「マイ・ブロークン・マリコ」(KADOKAWA)

出演:永野芽郁、奈緒、窪田正孝、尾美としのり、吉田羊

配給:ハピネットファントム・スタジオ、KADOKAWA

©2022映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会

公開中

公式サイト happinet-phantom.com/mariko