Dec 18, 2021 column

60年代映画へのオマージュが散りばめられた『ラストナイト・イン・ソーホー』で音楽と共に描く、女性たちの生きる道

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このあたりで、それまで目の前をチラついていた何本かの映画たちが、いよいよはっきりした輪郭を持つようになる。男性恐怖症的なエロイーズのキャラクターや、古い屋敷での恐怖体験は、ロマン・ポランスキーの『反撥』(1965)そのものだし、薄暗い路地で奇妙な体験をして表通りへと出る場面が印象的なニコラス・ローグの『赤い影』(1973)は、幽霊を見ることが出来る特殊能力者が介在することで奇妙な世界が広がっていった。

これらの作品は、他ならぬエドガー・ライト自身がインスパイアされたと語っているが、『赤い影』の原作は、ダフニ・デュ・モーリエ。アルフレッド・ヒッチコックの『レベッカ』(1940)、『鳥』(1963)の原作者でもあるが、本作のヒッチコック的な匂いもたまらないものがある。なかでも、エロイーズが現実世界でサンディと同じ格好をし始めるところで、『めまい』(1958)を思い出す。死んだ女性にそっくりな人物を見つけた主人公が、彼女に近づいて強引に同じ衣装、メイク、髪型を再現させる。当然、こんな男の勝手な都合を押し付けてくる『めまい』は、名作ではあるものの女性観客の受けは昔も今も悪い。

その点で、異なる時代に生きる同世代の同性に憧れ、外見を似せていくという普遍的な描写へと昇華した本作は、古典をそのまま引用するのではなく、現代に合う描写へとアレンジする力が際立つ。

サスペンス映画における女性は、『反撥』のカトリーヌ・ドヌーヴや、『めまい』のキム・ノヴァクがそうだったように、徹底的にひどい目に遭って救われない。以前、黒沢清監督にインタビューした際、『反撥』についてこんなことを語ってくれた。

「映画の最後に部屋の中に置いてあったドヌーヴの若い頃の写真がスーッとアップになっていくところで衝撃を受けました。(中略)この人、最初から変。都会に出てきてからだんだん精神がおかしくなったかのように見えて、初めから頭がおかしかったんだっていうのが分かるんです。あれは本当に怖いですね。僕たちは最初から狂人の精神状態を見ていたんだというのが発覚する」

『ラストナイト・イン・ソーホー』のエロイーズも、そうなっていてもおかしくない存在だ。それが映画だという意見もあるだろうが――事実、『反撥』や『めまい』は美しい女優たちが恐ろしい目に遭うほど魅力が増すのだが、それが自明の理となると、つまらなくなる。なぜ、彼女たちはこんな目に遭わなければならないのか?深田晃司の『本気のしるし』(2020)のヒロインは、〈魔性の女〉と呼ばれそうな存在で、観客はその無防備な性格に気を揉んだり、苛立ったりするが、じっくりと彼女と映画の中で寄り添うことで、自身の欠点を自覚しながら生きている女性の姿が浮かんでくる。

エドガー・ライトもまた古典的な結末を選ばなかった。それは、時代におもねったのではなく、本作が夢と恐怖を味わった女性がそれでも生きていく姿を描いた青春映画でもあるからだ。

この映画については何も予備知識を入れずに観て欲しいと思っているので、内容については、ごく最初の入口だけを記すのみにとどめた。内容とリンクする60年代楽曲の数々と共に、愉しくも恐ろしい一夜の夢を味わってもらいたい。

文 / 吉田伊知郎

作品情報
映画『ラストナイト・イン・ソーホー』

ファッションデザイナーを夢見るエロイーズは、ロンドンのソーホーにあるデザイン専門学校に入学する。しかし同級生たちとの寮生活に馴染めず、街の片隅で一人暮らしを始めることに。新居のアパートで眠りにつくと、夢の中で60年代のソーホーにいた。そこで歌手を夢見る魅惑的なサンディに出会うと、身体も感覚も彼女とシンクロしていく。夢の中の体験が現実にも影響を与え、充実した毎日を送れるようになったエロイーズは、タイムリープを繰り返すようになる。だがある日、夢の中でサンディが殺されるところを目撃してしまう。さらに現実では謎の亡霊が現れ、徐々に精神を蝕まれるエロイーズ。果たして、殺人鬼は一体誰なのか、そして亡霊の目的とは?

監督:エドガー・ライト

出演:トーマシン・マッケンジー、アニャ・テイラー=ジョイ、マット・スミス、テレンス・スタンプ、マイケル・アジャオ ほか

配給:パルコ ユニバーサル映画

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