Feb 01, 2020 column

映画的な楽しさに満ちた『ナイブズ・アウト』、俳優陣の魅力と数々のオマージュを解説

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名作ミステリーにドラマ、数々のオマージュ

そして『ナイブズ・アウト』のもうひとつの楽しみ方は、全編に溢れまくるオマージュの発見だ。もっとも多く引用されているのは、ジョンソン監督が表明するようにアガサ・クリスティー作品。屋敷に住む富豪の死を巡って一族全員が容疑者となり、それぞれに動機があるという基本設定は、『ねじれた家』などクリスティーも好んで使っていた。探偵ブノワ・ブランのキャラも、突拍子もない言動がエルキュール・ポアロを連想させる。劇中では何度かブノワ・ブランという名の発音が間違われるが、これもポアロがよく受けていた行為。ベルギー人であるポアロだが、映画化される際にはイギリス人が演じることが多かった。ここも、イギリス人のクレイグがアメリカ人のブランを演じるという皮肉で引用されている。また、英国ミステリーという点では、コナン・ドイルによるシャーロック・ホームズの名セリフ「The game is afoot(獲物が現れた)」も、本作でブランの口から飛び出す。

看護士マルタの家のTVで流れているのは、スペイン語版の『ジェシカおばさんの事件簿』。日本でも放映されたアメリカのTVシリーズだが、これをアガサ・クリスティー原作と勘違いしている人もいる。主人公のおばさん探偵を演じるアンジェラ・ランズベリーが、クリスティーの創作した探偵、ミス・マープルも演じた経験があるからだ(80年の『クリスタル殺人事件』)。というわけで、これは遠回しのクリスティーへのオマージュ。ちなみにマルタの妹が家で観ている別のTV番組(殺人事件モノ)では、ジョセフ・ゴードン=レヴィットが声のカメオ出演。ジョセフは、ライアン・ジョンソン作品の常連という仲だ。

そのほかにも、暴走運転するマルタを、ランサムが「ベイビー・ドライバー」と、映画のタイトルで呼ぶなど、細かいネタを探し出したらキリがないので、あからさまな引用をひとつ。それはメインの舞台となる屋敷のリビングに鎮座する、多数のナイフが背もたれになった椅子だ。タイトルの『ナイブズ・アウト』を象徴するこの小道具は、一目瞭然、『ゲーム・オブ・スローンズ』の、こちらもタイトルの由来となった“鉄の玉座”そのもののデザイン。オマージュを超えて、パクリと言っていいほど模倣されており、作品全体を、“笑いながら観ていい”とアピールしているかのよう。『ナイブズ・アウト』でも、そこに誰が座るのかが謎解きに深く関わってくる。

また、これはオマージュではないが、ブノワ・ブランが鼻歌で聴かせる『ルージング・マイ・マインド』は、ミュージカル『フォーリーズ』の中の1曲。この『フォーリーズ』は、スティーヴン・ソンドハイムの作曲だが、彼の別の作品『リトル・ナイト・ミュージック』からは『悲しみのクラウン』が『ジョーカー』(19年)でのアーサーが地下鉄で因縁をつけられるシーンで、そして『カンパニー』からは『ビーイング・アライヴ』など2曲が『マリッジ・ストーリー』(19年)の重要なシーンで歌われた。偶然とはいえ、話題作に次々と登場するソンドハイムは、いまもしかしたら“来てる”のか? そんな横道への考察も可能な『ナイブズ・アウト』。ミステリーの名作は結末を知ってから観直すのも楽しいが、本作は2度目、3度目にも発見が待っている傑作なのである。

文/斉藤博昭

公開情報
『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』

ニューヨーク郊外の館で、巨大な出版社の創設者ハーラン・スロンビー(クリストファー・プラマー)が85歳の誕生日パーティの翌朝、遺体で発見される。名探偵ブノワ・ブラン(ダニエル・クレイグ)は、匿名の人物からこの事件の調査依頼を受けることになる。パーティに参加していた資産家の家族や看護師、家政婦ら屋敷にいた全員が第一容疑者。調査が進むうちに名探偵が家族のもつれた謎を解き明かし、事件の真相に迫っていく――。
監督・脚本:ライアン・ジョンソン
出演:ダニエル・クレイグ、クリス・エヴァンス、アナ・デ・アルマス、ジェイミー・リー・カーティス、トニ・コレット、ドン・ジョンソン、マイケル・シャノン、キース・スタンフィールド、キャサリン・ラングフォード、ジェイデン・マーテル、クリストファー・プラマー
配給:ロングライド
公開中
Photo Credit: Claire Folger
Motion Picture Artwork © 2019 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.
公式サイト:longride.jp/knivesout-movie