ゲゲゲの親父たちの覚悟
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は、日本の政財界を裏で牛耳るある一族の遺産相続に端を発した殺人事件に潜む謎を解き明かすもので、いわゆる横溝正史的ミステリーだ。
水木はPeaceを愛煙するヘビースモーカーで所構わず路上喫煙。所属する会社も富豪一族も、身分が上の者たちは、もちろんパワハラ＆セクハラ体質。舞台となる哭倉村は、余所者を監視し除け者にしようとする閉鎖的なザッツ村社会。
殺人シーンもなかなかのグロ描写をチラッと映したり、解き明かされる真実も令和の今でも重かったりと、このご時世に結構攻めたなと思うような、まさに昭和の邦画感が漂う。そして、もちろん水木しげると鬼太郎の体躯に関連していると思うが、徹底した体の左、左目への執着、パンドラの箱のような結界、メノラーふうの蝋燭台など、都市伝説要素を画面にそっと忍ばせたりもしている。
昭和の邦画。こう書いてしまうと、”島田陽子的なヒロインと仲良くなるんだろうな”とか、”こういうのは長女が犯人だろ？”と、大まかな内容や誰が黒幕かが、すぐ分かってしまいそうだが、本作はそういった予定調和を含めて楽しんでいただきたい。
そのほか本編には、鬼太郎シリーズだけでなく、水木しげるの人生や他の著作を知る方なら、合点がいく仕掛け、匂わせが随所に散りばめられている。
例えば、「妖怪のことなら昔、子守のばあさんから聞いたことがある」といった水木のセリフだが、これは、水木しげる自身が少年時代に近所に住む、のんのんばあから妖怪や死後の世界についての話を聞かされ、目に見えない世界に興味を持つようになったという実際のエピソードに由来するものだろう。
また、後の目玉おやじこと鬼太郎の父は、水木から「ゲゲ郎」と呼ばれるのだが、これも前述したゲゲゲの由来のとおり、「ゲゲ」は水木しげるのことを指し、登場人物のみならず原作者を含めた3人が鬼太郎の父親であると感じさせ、なんとも感慨深い。
本作で特筆すべきは、アニメ第6期でもそうだったが、おやじが、べらぼうに強いことだ。髪の毛針も指鉄炮もオカリナも使わず、圧倒的な体術で敵をなぎ倒し無双する。おそらく鬼太郎を遥かに凌ぐ力を持つ無表情なフィジカルモンスターは見ていて、ある種怖い。妖怪や妖術と対峙し建物ごと派手にぶっ壊すなど、鬼太郎シリーズとは思えないアクション描写は、「呪術廻戦」っぽさがなくもない。こういった長寿シリーズに革新的な要素をいれる姿勢が素晴らしいし、常に時代を反映してきた鬼太郎シリーズらしさでもある。
本作は目玉おやじと水木、いわば鬼太郎の父親たち2人の冒険譚だ、と前に書いた。
つまりは親父たちの話だ。だから現在の時代に合わない設定や描写で、目玉おやじ、水木の情け深さ、潔さ、かっこよさを強調させている。
ラストを観て改めて気づかされたことは、つなげることの大事さである。水木しげるが大事にした”見えない世界”と”見えないもの”を信じること。これを目玉おやじと水木がつなげたことで、私たちが知る鬼太郎が誕生したのだ。
アニメ3期のオープニングで吉幾三は「おばけは死なない 病気もなんにもない」と歌っていたけれど、残念ながら幽霊族でも病気にかかるし、死んでしまう。
妖怪だけが見えないわけではない、気持ちや心意気だって目には見えない。何ができるかわからないが、次の世代に託すこと、つなげることの意義を感じる世代、感じてほしい世代を本作のターゲットにしていることは明らかだ。
若い世代からは、古臭くてとっつきにくいと思われるかもしれない。だがしかし、それでもやらねばならぬ。そういった50年以上続いたアニメシリーズだからこそ説得力のある、引き継いだものを次へ引き渡す意義、未来へ作品とそれが生まれた時代を残す重要性が、本作から語られているように思える。
物語終盤に真の悪役はいう「世の中の構造は変わらない」と。
でもやるんだよ、次の世代が”見えないものが見えるようになったとき”のために。鬼太郎が生まれたてから今までを振り返った上で、ゲゲゲの謎を紐解くならば、そんな昭和の親父たちが現在までつないできた覚悟のことだと感じざるを得ない。
文 / 小倉靖史
廃墟となっているかつての哭倉村に足を踏み入れた鬼太郎と目玉おやじ。目玉おやじは、70年前にこの村で起こった出来事を想い出していた。あの男との出会い、そして2人が立ち向かった運命について‥‥。昭和31年―日本の政財界を裏で牛耳る龍賀一族によって支配されていた哭倉村。血液銀行に勤める水木は当主・時貞の死の弔いを建前に野心と密命を背負い、また鬼太郎の父は妻を探すために、それぞれ村へと足を踏み入れた。龍賀一族では、時貞の跡継ぎについて醜い争いが始まっていた。そんな中、村の神社にて一族の1人が惨殺される。それは恐ろしい怪奇の連鎖の本当の始まりだった。
監督：古賀豪
原作：水木しげる
出演：関俊彦、木内秀信、種﨑敦美、小林由美子、白鳥哲、飛田展男、中井和哉、沢海陽子、山路和弘、皆口裕子、釘宮理恵、石田彰、古川登志夫、沢城みゆき、庄司宇芽香、松風雅也、野沢雅子 ほか
配給：東映
©映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会
公開中
公式サイト kitaro-tanjo
