読者のみんなは「懺悔室」というのをご存知だろうか?
そう‥‥イタリアの教会に必ずある木製の電話ボックスのような部屋のことで、カーテンの閉まる部屋に教会の神父が入り、もう一方の部屋に信者が入り、お互いの顔が見えない状態で、自分の犯した「あやまち」を神父に告白することができる。「懺悔室」は、魂の浄化のための場所である。
人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」のスピンオフ短編集「岸辺露伴は動かない」。その人気エピソードを映画化した『岸辺露伴は動かない 懺悔室』が、この度公開された。NHKによるドラマ「岸辺露伴は動かない」シリーズの劇場版第二弾である。JOJOシリーズは他にも映像化されてはいるが、少なくとも実写の世界においては、本家よりも本シリーズが人気を博し、市民権を獲得しているように感じる。しかもドラマシリーズをきっかけに主演の高橋一生と共演の飯豊まりえが結婚。夫婦初共演映画として注目を集めている。
スタイリッシュな映像とともに「仮面」「テントウ虫」「ヴェネツィア」とJOJOファンなら分かるリスペクトが随所に散りばめられた本作。原作エピソードの映像化だけじゃあないストーリーを解説するッ!
原作に忠実な前半+完全オリジナルな後半の二部構成
主人公・岸辺露伴は、漫画「ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない」に登場した漫画家。相手を本にすることで、知られざる過去や秘密を読むことができる、特殊能力ヘブンズ・ドアーの使い手でもある。タイトルに「動かない」と冠されているとおり、彼は奇妙な物語に直接関与するのではなく、あくまでストーリーテラーのポジション。例えるなら、「世にも奇妙な物語」のタモさん的立ち位置なのである。

だが、実写ドラマ「岸辺露伴は動かない」の制作が決定すると、彼の役割はストーリーテラーから主体的に事件に関わる探偵役に変化。2020年に第1期がNHK総合で放送されると、タイトル・ロールを演じる高橋一生のハマリ役っぷり、菊地成孔の官能的かつ退廃的な音楽、渡辺一貴監督のツボを抑えた演出が話題となり、その後も断続的にシリーズが制作された。
2023年には、テレビ版と同じ座組で初の劇場用映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』が公開され、興行収入12.5億円を記録。そして2025年5月23日、映画第二弾となる『岸辺露伴は動かない 懺悔室』が遂にお目見えした。原作は、記念すべきコミックスの第1話「懺悔室」。ファンからも特に人気の高いエピソードだ。だが筆者は個人的に、「懺悔室」を映画化するのは至難の業だと思っていた。

舞台は、イタリアの水の都・ヴェネツィア。取材のため教会の懺悔室に入室した岸辺露伴を、神父だと勘違いした何者かが、不思議な身の上話を始める。彼は過って浮浪者を殺してしまい、同時に「幸せの絶頂の時に絶望を味わう」という呪いを受けてしまった。やがて信じられないくらいの幸運が舞い込み、富と名声を得た彼のもとに、あの浮浪者が地獄の淵から舞い戻る。そして、「空中に放ったポップコーンを、3回連続して口に入れる」というミッションに成功しなければ、お前を殺すと言い放つのだ‥‥。




いやもう、とんでもなく変な話である。荒木飛呂彦先生は、どのようにしてこんなプロットを思いつくんだろうか。頑なに背中を見せようとしない男の話とか(ドラマ版 第5話「背中の正面」)、ジャンケンに異常な執着をみせる少年の話とか(ドラマ版 第8話「ジャンケン小僧」)とか、「岸辺露伴は動かない」は癖の強いストーリーのオンパレードだが、「懺悔室」の奇天烈さが頭一つ抜けている。
しかもこのエピソードは、岸辺露伴が懺悔室で話を聞く伝聞形式だから本当に「動かない」し、ヘブンズ・ドアーを披露するチャンスもない。映像化したところで、どう考えても尺は1時間が限度。これをどう映画化するのだろうと思っていたら、原作に忠実な前半+完全オリジナルの後半という二部構成にすることで、問題を見事解決。スタッフの熱意と創意工夫によって、「岸辺露伴は動かない」の世界観が見事に劇場版へと移植された。
前作を遥かに上回る異国情緒感、エキセントリック感
どうせ二部構成にするなら、分かりやすいくらいに二部構成にしてしまえ!‥‥という発想が作り手サイドにあったかどうかは知らないが、『岸辺露伴は動かない 懺悔室』は前半/後半でトンマナ自体がパキッと異なる。

岸辺露伴が懺悔室で告白を聞く前半は、誇張しすぎた芝居と誇張しすぎた演出と誇張しすぎた設定で観客の度肝を抜く、世にも奇妙な物語。そして、オリジナル・キャラクターのマリア(玉城ティナ)が物語に絡んでいく後半は、「決して幸せになってはならない」と父親からかけられた“呪い”をどのように解くかという、ある種のトンチ話になっている。理屈無用の前半から、理屈で事態を収拾させる後半へのブリッジが見事だ。
考えてみると、前作『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』も、10代の岸辺露伴が祖母宅でひと夏を過ごす“青春記”としての前半パートと、ルーヴル美術館を訪れる“怪奇譚としての”後半パートに分かれていた。ストラクチャーとしての二部構成は、今後も劇場版のお約束になるかもしれない。

もう一つ共通点でいうと、両作とも海外ロケを大々的に行っていることが挙げられる。だが『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』は、パリのルーヴル美術館内で撮影されたが、前半パートは日本の田舎が舞台だったこともあり、正直あまり異国情緒は感じられなかった。その一方今作は、NHKの紀行番組「世界ふれあい街歩き」とタメ張れるくらいに、美しいヴェネツィアの風景がバンバン映し出される。
渡辺監督は、「撮影場所に合わせて設定を書き換えていただいた箇所もある」(「アニメージュ」2025年6月号より)とインタビューで答えているから、街全体が世界遺産というヴェネツィアの“絵力”に賭けていたのだろう。その戦略は大成功。岸辺露伴の世界観にジャストフィットしている。

何よりも、前作を上回るエキセントリック感が最高だ。もちろん、例の「空中に放ったポップコーンを、3回連続して口に入れる」シーンのことである。あらゆる感情を最大出力したかのような大東駿介の演技には圧倒されるし、禍々しいのにどこか滑稽な渡辺監督の演出も素晴らしい。
筆者は以前から、構図の切り取り方や、ダッチアングル(カメラを斜めに傾けたアングル)や、極端な広角レンズの使い方に、鬼才・実相寺昭雄監督(『ウルトラセブン』、「怪奇大作戦」etc.)を彷彿とさせる感性を嗅ぎ取っていた。ポップコーンのシーンに、その実相寺節をビンビンに感じてしまったのである。
恨みを晴らすべく黄泉の国からよみがえった浮浪者は、少女に憑依し彼女の舌に顕現するというトンデモ設定。実相寺昭雄が監督した『帝都物語』で、女性の口から巨大な幼虫が吐き出されるというグロテスクなシーンがあったが、それと同レベルのインパクトだ。しかも、舌の中にいる“そいつ”があれやこれや命令するもんだから、しまいにはグロを通り越してオモシロに転換されてしまう。
前作を遥かに上回る異国情緒感、エキセントリック感。高橋一生は相変わらずカッコいいし、泉京香(飯豊まりえ)とのバディ感もますます好調だ。原作の精神をそのままに、オリジナルの展開を加えた劇場版第二弾『岸辺露伴は動かない 懺悔室』は、ファンの期待を裏切らない作品に仕上がっている。
文 / 竹島ルイ

漫画家・岸辺露伴はヴェネツィアの教会で、仮面を被った男の恐ろしい懺悔を聞く。それは誤って浮浪者を殺したことでかけられた「幸せの絶頂の時に“絶望”を味わう」呪いの告白だった。幸福から必死に逃れようと生きてきた男は、ある日無邪気に遊ぶ娘を見て「心からの幸せ」を感じてしまう。その瞬間、死んだ筈の浮浪者が現れ、ポップコーンを使った試練に挑まされる。「ポップコーンを投げて3回続けて口でキャッチできたら俺の呪いは消える。しかし失敗したら最大の絶望を受け入れろ」。奇妙な告白にのめりこむ露伴は、相手を本にして人の記憶や体験を読むことができる特殊能力を使ってしまう。やがて自身にも「幸福になる呪い」が襲いかかっている事に気付く。
監督:渡辺一貴
原作:荒木飛呂彦「岸辺露伴は動かない 懺悔室」(集英社ジャンプ コミックス刊)
出演:高橋一生、飯豊まりえ、玉城ティナ、戸次重幸、大東駿介、井浦新
配給:アスミック・エース
© 2025「岸辺露伴は動かない 懺悔室」製作委員会 © LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
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