マーティン・スコセッシが映画史に刻みつけるもの
なぜ、スコセッシはオセージ族の事件と歴史を“いま”映画にしようとしたのか。その狙いを探るヒントのひとつは、劇中でたびたび人物の口から発される「タルサ」という地名だ。
「タルサ」とは、モリーの姉・アナの殺害事件と同時期の1921年5月31日から6月1日にかけて、同じオクラホマ州のタルサ市で、白人暴徒が黒人住民を虐殺した事件(タルサ人種虐殺)を指す。死者の総数は現在も不明で、推定150人とも300人ともいわれる悲劇だ。ところが、オセージ族を狙った連続殺人も、タルサでの残酷な暴動も、ともに長らく忘れ去られ、100年近くが経過したのちに初めて広く知られることとなった。
原作には、このタルサ人種虐殺に関する言及はない。しかしスコセッシと脚本家のエリック・ロスは、同じ時期に、同じ州で起こった白人による差別と痛ましい暴力を、あえて映画の中に並置してみせた。ほかにも白人至上主義団体・KKK(クー・クラックス・クラン)の存在や、1900年に清(中国)で起こった排外運動「義和団事件」にも言及されるが、これらも原作には登場していない。しかし、このように整理してみると、本作がいかなる文脈の上にオセージ族を襲った悲劇を捉え直しているかは明らかだろう。
オセージ族の人々や文化を、たとえ再現であってもカメラに収めること。それらを映画史に刻みつけながら、同時にアメリカ/世界の近現代史の文脈で“いま”語り直すこと。それらはすなわち、彼らの存在を決して無視せず、映画として記録しておくということだ。映画の終盤からラストシーンにかけて、その意図はさらに明確になる。
本作は上映時間206分もの超大作だが、原作の内容をすべて映像化することはしていない。禁酒法や当時の司法制度など、社会的背景を余すところなく描くことはできないし、アーネストを主人公にした以上、トム・ホワイト捜査官の過去やFBI誕生の物語も省略された。なにより原作は三部構成だが、第三部の内容はこの映画に一切含まれていないのだ。
割愛された第三部の主人公は、著者であるデイヴィッド・グラン自身。2012年、グランはオセージ族の人々をたずね、さらに調査を重ねることで驚愕の真実に到達するのだ。しかし、その部分をまるごと削除しているため、グランが知った“真実”が本作で明かされることはない。それによって、いくつかの殺人が厳密には解決されないまま、この映画は幕を閉じるのだ。
しかしながら、本作は別のかたちで第三部を――そこに宿る著者の精神を――映画化したと言っていい。グランが自らの語りに第三部を費やしたように、スコセッシもまた語り手としての意志を正面から打ち出しているのだ。ひとつはここまでに述べてきたような、映画としての“語り”のスタンスによって。そしてもうひとつは、映画のラストに登場する、とある人物の“語り”によって。
もちろん本稿では、原作者のグランが解明した真実をむやみに明かすようなことはしない。映画に収まらなかった膨大な歴史とエピソードを含め、ぜひ鑑賞後には原作もじっくりと読み込んでほしい。
文 / 稲垣貴俊
地元の有力者である叔父のウィリアム・ヘイルを頼ってオクラホマへと移り住んだアーネスト・バークハート。アーネストはそこで暮らす先住民族・オセージ族の女性、モリー・カイルと恋に落ち夫婦となるが、2人の周囲で不可解な連続殺人事件が起き始める。町が混乱と暴力に包まれる中、ワシントンD.C.から派遣された捜査官が捜査に乗り出すが、この事件の裏には驚愕の真実が隠されていた‥‥。
監督:マーティン・スコセッシ
出演:レオナルド・ディカプリオ、ロバート・デ・ニーロ、ジェシー・プレモンス、リリー・グラッドストーン、タントゥー・カーディナル、カーラ・ジェイド・マイヤーズ、ジャネー・コリンズ、ジリアン・ディオン、ウィリアム・ベルー、ルイス・キャンセルミ、タタンカ・ミーンズ、マイケル・アボット・ジュニア、パット・ヒーリー、スコット・シェパート、ジェイソン・イズベル、スターギル・シンプソン
配給:東和ピクチャーズ
画像提供 Apple /映像提供 Apple
2023年10月20日(金) 公開
公式サイト kotfm-movie