Oct 21, 2023 column

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』マーティン・スコセッシが映画史に刻もうとしたもの

A A
SHARE

マーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオ主演、ロバート・デ・ニーロ共演。アメリカ近代史に残る凶悪事件を、夢のような顔合わせで映画化した『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は、西部劇であり、犯罪ドラマであり、また息を呑むサスペンスだ。上映時間は206分、スコセッシの前作『アイリッシュマン』(2019年)に次ぐ長尺となった。

“映画の達人”スコセッシは、この長尺を軽やかな語り口で、しかし緊張感たっぷりに画面の隅々まで構築している。きわめてスリリング、しかし永遠に続いてもかまわないと思えるほど豊潤な世界がそこには映し出されているのだ。本稿では、この大きな物語のやや複雑な背景を整理するとともに、作品を読み解くための補助線をいくつか引いてみたい。

石油利権と連続殺人、巨大な陰謀

1870年代初頭、ネイティブ・アメリカンの部族であるオセージ族が、現在のオクラホマ州の保留地に移住をはじめた。アメリカ合衆国から土地を手放すよう迫られ、ミズーリ州からカンザス州に移動したオセージ族は、そこでも白人の開拓者による攻撃を受け、やむなくオクラホマ州に拠点を構えることになったのである。

しかし1894年、その土地で石油が発見されたことで、オセージ族はたちまち裕福な民族となった。同時に、この地で財を成そうとする投機家や曲者たちが押し寄せ、部族は搾取の対象となったのだ。彼らの財産は後見人である白人によって管理され、数百万ドルもの大金が理不尽に奪い取られていった。

1921年5月、とある事件をきっかけに、オセージ族とその関係者の数十人を巻き込んだ殺人と陰謀が露見する。ある者は銃殺され、ある者は毒殺され、ある者は病死だと信じられていた。ところが実際には、オセージ族の女性と結婚して“家族”になった白人たちが、部族の人々が有する「均等受益権」を相続するべく、邪魔になった人々を殺害していたのだ。

映画の原作は、デイヴィッド・グラン著のノンフィクション「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン:オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生」(単行本刊行時のタイトルは「花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生」)。長年にわたった陰謀を解き明かす本書は、オセージの一族と白人移住者の視点による第一部(クロニクル1)、捜査官トム・ホワイトが事件と裁判を追う第二部(クロニクル2)、そして事件の“その後”に迫った第三部(クロニクル3)の三部構成となっている。

レオナルド・ディカプリオが演じるアーネスト・バークハートは、姉のアナを殺されたオセージ族の女性、モリー・バークハートの夫だ。「王(キング)」を自称する牧畜業の叔父、ウィリアム・ヘイルを頼ってオセージ族の居留地に移住したアーネストは、モリーと結婚したのち、ヘイルの指示で陰惨な犯罪に手を染めていく。しかし、アーネストはいったいどこまで知っていたのか。どこまでが彼の意志だったのか?