Oct 21, 2023 column

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』マーティン・スコセッシが映画史に刻もうとしたもの

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オセージ族の「リアル」を撮る

マーティン・スコセッシという映画監督は、今回も巨大な犯罪と人間のドラマを鮮やかな語りの技法によって観客に伝える。複雑に絡まった事件と人間模様を、必要以上に説明することなく、スクリーン上に淡々と表現していく巧さ。人間があっさりと死ぬ、乾ききった暴力描写。ひとりの巨悪と構成員による陰謀を、あくまでも“悪”の側から描いている点で、スコセッシによる数々の代表作と比較しながら語ることもできるだろう。

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は、そんなスコセッシ得意のジャンル映画であり、歴史や土地を真正面から扱った映画でもある。演出の手つきには、近作でいえば『沈黙 -サイレンス-』(2016年)にもよく似た真摯さと厳かさがあるのだ。

製作にあたり、スコセッシら製作チームはオセージ族のコミュニティと全面的に協働した。撮影が行われたのは、約100年前に実際の事件が起きたオクラホマ州のオセージ居留地。美術(プロダクション・デザイン)のジャック・フィスクは、使用計画のあった巨大な空き地にセットを建て、また既存の建造物を活用して1920年代の風景を作り上げている。美術のアシスタントにはオセージ族のアーティストが、建設には現地の職人たちが雇用された。

また、オセージ族の長老であるジョン・ウィリアムズ氏が文化コンサルタントとして監修を務めるなど、当事者が創作のプロセスに深く関わったことで、言語や衣装などの文化的側面を忠実に表現することができた。オセージ族の登場人物には可能なかぎりオセージ族の俳優が起用され、そうでなくとも全員ネイティブ・アメリカンの俳優が演じている(たとえば、モリー役のリリー・グラッドストーンは同じくネイティブ・アメリカンのブラックフット族にルーツをもつ)。

かくして緻密に再現されたのは、1920年代、広大な土地にひろがっていた居留地の風景と、そこで繰り広げられるオセージ族の暮らしだ。人々が行き交い、無数の車が走り、砂埃が舞う、そんな土地の賑やかさが――いわば「町そのもの」が――映画の冒頭からスクリーンに映っているのだと実感できる。物語としては何も起こらない時間かもしれないが、そうであっても映像としてはきわめて豊かな時間だ。さらにスコセッシは、サイレント期のニュース映画を再現しながらオセージ族の背景を説明することで、映画史そのものを否応なく想起させ、そのなかに彼らの存在があることを強調する。