予期せぬときに、意外な場所で起こり、世界中にショックを与えるテロ事件は、これまでも映画化されてその衝撃を蘇らせてきた。2008年のムンバイ同時多発テロを描いた『ホテル・ムンバイ』も想定外のインパクトと臨場感、恐怖、そして感動をもたらす作品だ。テロを描いた映画としてチャレンジングな部分もある本作の見どころとともに、ほかのテロ事件映画との比較や、こうした作品が世に出るタイミングを考えてみる。
ムンバイ同時多発テロを圧倒的な臨場感で再現
世界を震え上がらせた事件を、改めて“作品”として世界に知らしめること。それも映画の使命かもしれない。
「事実は小説より奇なり」と言われるように、実際に起こった事件は、人間の想像力を超えることがある。サスペンスやアクション映画を観慣れた人でも、「まさかこんなことが…」と呆然とするのは、テロ事件かもしれない。多くの犠牲者が出る凶悪な犯行計画が、予告もなしに遂行される恐怖。まったく無関係の人たちが命を失ってしまう無念さ。そして凄惨を極める事件の現場。あらゆる要素が、人間の想像力を超えてしまうテロ事件。もちろんリアルタイムのニュースでも報道されるが、時間をおいた検証も含め、映画で再現されることでさらなる衝撃がもたらされる。
そんなテロ事件の映画化で、新たに公開されるのが『ホテル・ムンバイ』だ。
2008年11月26日、インド最大の都市ムンバイの駅やレストラン、ホテルなど、外国人観光客も多い複数の場所で、銃撃や爆発が起こった。犯行グループは、隣国パキスタンから海を渡ってきたイスラム過激派の若いテロリスト集団。ムンバイの10か所で人質をとらえた立てこもりへと発展し、そのうち五つ星のタージマハル・ホテルは、事件解決まで60時間を要した。そのタージマハル・ホテルをメインの舞台に、同時多発テロが克明に再現されていく。
こうしたテロ事件の映画化で最も重要なポイントは何か。それは、映画の観客が現場に放り込まれたような臨場感を、どれだけ出せるかだろう。このポイントが最高レベルで発揮された作品といえば、アカデミー賞監督賞候補にもなった『ユナイテッド93』(06年)が思い出される。9.11同時多発テロでの、ハイジャックされた機内を描いた同作は、まるでドキュメンタリーかと思わせる生々しい映像で、乗客たちの恐怖を浮き彫りにした。『ホテル・ムンバイ』を観て、『ユナイテッド93』の記憶が蘇る人もいるかもしれない。それほどまでに緊迫感がキープされ、事件に巻き込まれた人々の感情を共有させる作りになっているからだ。
冒頭、駅やレストランでの犯行シーンもあるのだが、基本的にホテル内での攻防に集中した『ホテル・ムンバイ』。ロビーから始まる実行犯たちの銃撃に、宿泊客や従業員が逃げ惑い、息を潜めて隠れ、脱出を試みる…。『ユナイテッド93』の飛行機よりは広い空間だが、逃げられない“密室”感は同じ。どこで、いつ、犯人と出くわすかわからない恐怖を、メインの登場人物たちが体現する。
監督のアンソニー・マラスは、本作が初の長編とは思えないほど、テンションが途切れない演出力を披露。トルコのキプロス侵攻を題材にした、2011年の短編『THE PALACE(原題)』で、臨場感満点の映像で戦争の悲惨さを伝えたマラスは、すでに監督としての才能は広く認められていた。『ホテル・ムンバイ』で、宿泊客でアメリカ人建築家のデヴィッドを演じたアーミー・ハマーも、その『THE PALACE』を観て、今回の出演を即決したという。