Mar 09, 2024 column

第45回:アカデミー賞科学技術賞2024 ( The Academy’s Scientific and Technical Awards 2024 )のはなし

A A
SHARE

昨年のアカデミー視覚効果賞受賞映画『アバター ウェイ・オブ・ウォーター』のVFX技術を可能にしたソフトウェアATLASを開発した技術者3人(Wētā FX) が、先月2月23日(現地時間)、アカデミー科学技術賞を受賞した。監督ジェームズ・キャメロン、そしてプロデューサーのジョン・ランドーの会社ライトストーム社との提携で、約10年間かけて開発されたATLASとは、複数のデジタル・コンテンツのツールを統合して、早い段階でVFXで創造したシーンの世界観を吟味できるツールだそうだ。

Wētā FXとは、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズなどのピーター・ジャクソン監督がスタートした元工房 (Weta Digital) で、アカデミー視覚効果賞『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズなどのクォリティの高いVFX映画を生み出している。アカデミー科学技術賞が選んだ最新技術16項目中、今年は日本企業、日亜化学工業が開発したレーザー技術も受賞。より鮮やかな色で劇場映画鑑賞の極意に貢献した5人の技術者名が授賞式の一画面を飾っていた。今回のコラムでは、アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーが1933年から設けている科学技術賞の裏方とVFX映画に注目してみた。

アカデミー科学技術賞のレッドカーペットでインタビューに答えてくれたのが、日亜化学工業を代表して授賞式に出席した中津嘉隆さん。長年、シネマ用途のレーザー映写技術に従事し、その技術を開発したチームを代表して、受賞スピーチをまかされて出席。レッドカーペットのインタビューでは、「みんなで苦労して実現を可能にした結果が、こういう場で讃えられて本当に喜ばしいです。」と笑顔で答え、アメリカのIMAXシアターにも足を運んで、そのレーザー映写室の環境をチェックするなど、米市場視察も怠らなかったようだ。

レーザー映写とは、現存したランプやLED式プロジェクタと比べると見やすさが最高100倍と遥かに鮮やかに映し出せるという。日亜化学工業の技術は光の三原色(赤緑青)のうち、青色と緑色のレーザーダイオードという光源の高輝度を上げ、劇場用レーザー映写システムの普及に貢献したのだそうだ。同賞では、大ヒットした『DUNE/デューン 砂の惑星』(2021) などの大作映画でも使われた、IMAX プリズムレス・レーザー・プロジェクターが、コロナ後の観客動員を促したという評価や、レーザープロジェクターのBarco RGBが、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(2017)や『アべンジャーズ/エンドゲーム』(2019)の興業に貢献したと発表していた。

日亜化学工業 アカデミー科学技術賞受賞ページより

日亜化学工業のエンジニアが受賞した分野のほかで、筆者が注目したのは映画で長年使われてきたアリフレックス・カメラで知られるARRI(アリ社)と提携し、デジタルカメラのデータの容量の質を落とさずに符号化することを可能にしたCodexハイデンシティ・エンコーディングの技術。かなり高額でデータ保存していたスタジオ映画だけでなく、インディペンデント映画制作にも貢献したことが評価され、ギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017) や『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019) がその技術の恩恵を受けた映画。

そのほか、OpenVDBという煙や雲など、コンピューター上で自然現象を作り出すオープンソースのソフトウェアは、インターネットを通じてソースコードが公開され、誰でも自由に使用・改変・再配布できるそうで、今現在のVFX業界のスタンダードとして、開発が続いていることが高く評価されたのだそうだ。技術者の3人に今年のアカデミー賞視覚効果賞の予測を聞くと、「ノミネートされた作品全5作品が、ぼくたちのソフトも使っていると思うので、良し悪しはつけられない」と嬉しそうに答えていた。彼らのソフトを活用した映画の例を見ると、『アナと雪の女王2』(2019)や『アバター ウェイ・オブ・ウォーター』(2022)と、アニメーションも含めたラインアップ。

Dan Bailey, Jeff Lait and Nick Avramoussis / OpenVDB

通常、これらの技術開発はそれぞれのVFX工房で資金調達や開発をして完成させるソフトウェアがほとんどだそうだが、アカデミー科学技術賞の楯(トロフィー)を与えられたピクサーのユニバーサル・シーン・ディスクリプション(USD)は、ピクサーで開発されたあと、あらゆるスタジオと共有できるように、市場をオープンした優れもの。これまでは、1つ1つのエフェクトをレンダリングして、監督がビジョンする全体のVFX映像を見せるまでに、相当の時間と労力が必要だったそう。例えば、VFX世界観に属する、建物や木などの大小のエフェクト映像を1箇所にまとめてライティングを当て、ある程度、映像を構成した状態で、出来上がったシーンを早々に見ることを可能にしたのがこのソフトウェア。監督のダメ出しを早い段階で得られるため、修正や、やり直しなどにかける時間や予算も削減でき、撮影現場やポスプロなど、リモートでもVFX製作にかかわる人全体がアクセスできる画期的なソフトなのだそうだ。

Sonya Boonyatera, Alex Mohr, Brett Levin, Jeremy Cowles and F. Sebastian Grassia / pixer

オープンとはいえ、だれでもがそのソフトウェアを操ることは出来ないそうで、十分な下積みをもって訓練を積み重ねたアーティストが駆使できる技術。このソフトウェア開発をリードしたジェレミー・カウレス氏は、ピクサーで最初の『トイ・ストーリー』(1995)にインターンとして参加したのだそうだ。その後、カーネギー・メロン大学のエンジニアリング部門に戻って、大学を卒業。改めてピクサーに就職したベテランのエンジニア。この業界に足をいれたい人へのアドバイスとしては、エンジニアやコーディング、さらには、カメラやアートなど、ビジュアル製作に関わることで、どんな仕事に就きたいのかが見えてくるはずだと話していた。アカデミー科学技術賞の評価は、毎年行われるものの、アカデミー賞とは違い、長年の実績が勝負。映画の質の向上を促し、そして製作者の働く環境、映画産業全体の技術力向上促進に貢献してはじめて、与えられる賞なのである。