Feb 27, 2024 column

第44回:『PERFECT DAYS』の全世界興行スマッシュヒットとアカデミー賞キャンペーン

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『関心領域』とハリウッド米パレスチナ支持論争の関係

アカデミー賞の輝かしい歴史とハリウッド、ユダヤ系監督や俳優たちの活躍は比例している。80年代の映画黄金期を支え、ナチスを悪にした『インディ・ジョーンズ』シリーズなどの娯楽作から、作品賞などでノミネートされたホロコーストの悲劇や感動ドラマも多い。『ソフィーの選択』(1982)、『ライフ・イズ・ビューティフル』(1997) 、『戦場のピアニスト』(2002) 、そして『ジョジョ・ラビット』(2019) とアカデミー賞作品賞にノミネートされた作品も多く、受賞した『シンドラーのリスト』(1993) のスピルバーグ監督が最も代表的なユダヤ系アメリカ人監督といえる。

IMDbによる最もすばらしいユダヤ系監督たちのリストを見ると、ウディ・アレン、シドニー・ルメット、ビリー・ワイルダー、スタンリー・キューブリック、コーエン兄弟,デヴィッド・クローネンバーグ、サム・ライミ,ロブ・ライナー、現在若手で活躍中のダーレン・アロノフスキー、サム・メンデスなどの名も上がっている。彼らの作品に魅了され、映画に憧れた世代は、世界中に大勢いる。

英国人監督ジョナサン・グレイザーの新作『関心領域』は去年5月、第76回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞して以来、第49 回ロサンゼルス映画批評家協会賞で作品賞ほか合計4部門受賞とそのまま前哨戦で上り詰める勢いにあった。去年10月7日のイスラム組織ハマスが、突如イスラエルへ攻撃を開始したことによるガザ問題が発生。ハリウッドの大半を占めるユダヤ系アメリカ人が一体となり、イスラエル支持の声明文をだした。

しかし、イスラエルのパレスチナ攻撃の過激化で去年11月、女優スーザン・サランドンがパレスチナ支持を公言。大手ユナイテッド・タレント・エージェンシー(UTA)から解雇された。新年に入ってもその波紋は広がり、先月おこなわれたサンダンス映画祭に新作映画披露でユタ州入りした女優メリッサ・バレラ(『スクリーム』シリーズやミュージカル『イン・ザ・ハイツ』などで人気上昇中)も自らのXでパレスチナ支持を訴え、『スクリーム7』製作のプロダクションから解雇された。

サンダンス映画祭開催中にパレスチナ支持の大規模なデモに参加したメリッサに賛同していた共演女優ジェナ・オルテガ(『ウェンズデー』)も『スクリーム7』を降り、プロダクションには大きな打撃となっている。一方で、アカデミー賞作品賞に『マエストロ:その音楽と愛と』でノミネートされている監督兼主演のブラッドリー・クーパーや、アルフォンソ・キュアロン、セリーナ・ゴメス、ジャネール・モネイ、ルピタ・ニョンゴ、ホアキン・フェニックス,マーク・ラファロ、マーク・ライランスはバイデン大統領にイスラエルのパレスチナ爆弾投下を止めるようにイスラエルとの交渉を願い、和平に向けての声明文書を送っている。先日ロサンゼルスのダウンタウンで行われたグラミー賞会場前でも大きなパレスチナ支持デモが行われたが、3月10日のアカデミー賞当日に大規模なデモが行われるのか、授賞式への影響も懸念されている。

アンチ・セミティズムという反ユダヤ主義には、宗教的理由と、人種的偏見の両方があり、ハリウッド映画では、被害者となるユダヤ人をあらゆる面から描いてきた。しかし、映画『関心領域』は虐げられたユダヤ人の姿はほとんど出てこない。舞台はアウシュビッツの敷地外に建てられたナチス将校の大邸宅。将校の妻は、その邸宅の庭の花に囲まれ、将校夫人たちとパーティをしながら、宝石や毛皮などのファッションの話題で笑いが絶えない。しかし、邸宅の窓からは、アウシュビッツの煙がもくもくと上がり、銃の音や叫び声などが、遠くからだが、絶えず聞こえてくる。優位に立つ人間の欲望、非情さが淡々と描かれるこの映画。第二次大戦中のホロコーストは過去のものではないことを我々に訴えかけ、情けや哀れみのかけらもなく虐げられた被害者が、ところ変われば、加害者になりうることをも感じさせる完成度の高い映画となっていて必見である。

アカデミー国際長編映画賞の歴史を振り返ると、紛争、差別など、その戦火のもとでのヒューマンドラマが浮き彫りになった秀作が多い。外国語映画としてノミネートされていた映画の歴史をふりかえると、イスラエルやパレスチナ両国からの作品もある。

2005年にアカデミー外国語映画賞にノミネートされたパレスチナ映画『パラダイス・ナウ』は、イスラエルの占領に抵抗するために、自爆テロを決行することになった2人のパレスチナ青年の物語。2007年にノミネートされたイスラエル映画『ボーフォート レバノンからの撤退』はイスラエル軍のレバノン撤退で最後まで陣営したイスラエル人兵士の物語で、仲間の死に直面してはじめて、命の尊さに気づく。昨年受賞した独映画『西部戦線異状なし』も戦争がいかにむなしいかを描いていて、いたたましい現在の社会情勢を考えさせる作品だった。受賞作だけでなく、ノミネートされた作品には海外のあらゆる秀作が集まるように、今年のアカデミー国際長編映画賞のノミネート5作品も注目である。

文 / 宮国訪香子

映画『PERFECT DAYS』

東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山は、静かに淡々とした日々を生きていた。同じ時間に目覚め、同じように支度をし、同じように働いた。その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、同じ日は1日としてなく、男は毎日を新しい日として生きていた。その生き方は美しくすらあった。男は木々を愛していた。木々がつくる木漏れ日に目を細めた。そんな男の日々に思いがけない出来事がおきる。それが男の過去を小さく揺らした。

監督:ヴィム・ヴェンダース

出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和

配給:ビターズ・エンド

© 2023 MASTER MIND Ltd.

公開中

公式サイト perfectdays-movie

映画『関心領域』

イギリスの作家マーティン・エイミスの同名小説を原案に、『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』のジョナサン・グレイザー監督が10年もの歳月をかけて映画化。アウシュヴィッツ強制収容所と壁一枚隔てた屋敷に住む収容所の所長とその家族の暮らしが描かれる。

監督・脚本:ジョナサン・グレイザー

出演:クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー

配給:ハピネットファントム・スタジオ

© Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved.

2024年5月24日(金) 新宿ピカデリーほか全国公開

公式サイト thezoneofinterest 

宮国訪香子

L.A.在住映画ライター・プロデューサー
TVドキュメンタリー番組制作助手を経て渡米。 ニューヨーク大学大学院シネマ・スタディーズ修士課程卒業後、ロサンゼルスで映画エンタメTV番組制作、米独立系映画製作のコーディネーター、プロデューサー、日米宣伝チームのアドバイザー、現在は北米最大規模のアカデミー賞前哨戦、クリティクス・チョイス・アワードの米放送映画批評家協会会員。趣味は俳句とワインと山登り。