とにかくエズラ・ミラーの映画
それにしても、徹頭徹尾、エズラ・ミラーの映画である。オープニングからラストまで、映画を全編引っ張るのはフラッシュ/バリー・アレンに扮するエズラの演技に他ならない。冒頭からバリーが見せる繊細な一面、2人のバリーの人間性、そしてラストの決戦に至るまで、物語の核心がバリーの心理にある以上、それを体現するエズラの演技こそが最大の見どころになる。
性格が異なる2人のバリーを一人二役で演じるエズラは、実際には2人が別人であり、異なる葛藤を抱えていることを、絶妙にトーンを変えながら、類まれなるコメディセンスをもって表現する。その演技はシリアス・コメディにかかわらず常にエネルギッシュで、彼の演技なくして本作は成立しなかったのではないかと思えるくらいだ。エズラの存在が際立つほど、そのシーンは魅力的に、そしてこの映画は面白くなっていく。
逆に言えば、DCユニバースにマルチバースを本格導入し、無数のサプライズを用意し、さらに『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を参照するなどの仕掛けを組み込みながら、主演俳優ひとりに全てを託せるほどパーソナルなストーリーにしたところに、本作の大胆さと理性がある。つまるところ、結局これはたったひとつのトマト缶をめぐる物語であり、それによってマルチバースがかき混ぜられる映画なのだ。マルチバースの仕組みをスパゲッティに喩える劇中の説明はいかにも巧みではないか。
地上最速のヒーロー、フラッシュのキャラクターとアクションを余すところなく描きつつ、バリー・アレンの心理を核心に据え、キートン演じるバットマンやスーパーガールとのチームアップを見せ、マルチバースならではのお楽しみも盛り込みながら、タイムトラベル映画として着地させる……この荒業をやってのけた監督アンディ・ムスキエティの演出力は、『IT/イット』シリーズからは想像できないもの。敷居の低さと奥深さの両立はDC映画史上指折りと言っていい。
あとは、この映画がDCユニバースをいかにして「リセット」したかということだが――残念ながら、筆者はこのことについて語ることができない。世界中で実施された試写がことごとくそうだったように、日本国内の試写もラストシーンの一部が編集され、スーパーヒーロー映画のお約束であるポストクレジットシーンもカットされたものだったからだ。果たしてどのように世界が変容したのかは、ぜひ映画館のスクリーンで確かめてほしい。
文 / 稲垣貴俊
主人公は地上最速ヒーロー“フラッシュ”。母親を殺害した容疑を掛けられ服役中の父親の冤罪を証明したいというダークなバックボーンを抱えているが、お茶目で少し天然で愛される好青年だ。そんな彼は、亡くなった母親を救うため“過去”を変えてしまい、“現在”に歪みをもたらしてしまう。フラッシュは、もう一人の陽キャのフラッシュと共に、別人のバットマン、黒髪のスーパーガールらと世界を元に戻し人々を救おうとするが・・・・。
監督:アンディ・ムスキエティ
出演:エズラ・ミラー、ベン・アフレック、マイケル・キートン、サッシャ・カジェ、マイケル・シャノン
配給:ワーナー・ブラザース映画
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