泣きたくなるくらいカッコいい、バカヤロー
舞台である浅草フランス座は、お笑い第一世代の萩本欽一、東八郎ら多くのコメディアンを排出するが、みんな巣立っていき、テレビに活躍の場を移していった。浅草から人が離れつつあった、そんな1972年。フランス座の座長で幻の浅草芸人・深見千三郎に憧れて、ストリップ劇場のエレベーターボーイとして青年タケシは働く。まず驚くのが、タケシ役・柳楽優弥の完コピ具合。喋り方や、顔、体の動かし方すべてビートたけしが憑依したようだ。なかでも瞳の動かし方がすごい。特有の相手に目を合わさず、小刻みに揺れる視線にはビックリした。あの演技は必見だ。”たけし指導”として松村邦洋が参加しているそうだが、決してモノマネじゃないからすごい。この演技があるからこそ、みんなが見たことのない若いタケシにリアリティが生まれるんだなと感じた。
そして、大泉洋が演じる師匠の深見千三郎がカッコいい。ハットを斜めに被り、ビシッとしたスーツを着こなし、ピカピカの革靴を履いて、右手にカバン、左手をポケットに、街ゆく人と軽口をたたきながら、颯爽とストリップ小屋へ入っていく。これぞ昭和の粋な芸人!という姿だ。コントシーンでのテンポ良い掛け合いはさすが。劇団ひとり監督の前作である『青天の霹靂』(14年)でも、マジシャンとして浅草の舞台を踏んでいたが、今回の大泉洋はそれだけじゃない。何度も言うが、泣きたくなるくらいカッコいい。
なにも芸を持ってないが、弟子にしてほしいと迫るタケシに「本気でやるなら教えてやる」と、エレベーターの中で、こなれた感じでタップを披露する。それをあっけにとられながらも目を輝かせるタケシ。実際、ビートたけしは本当に世界が広がって星空のようにキラキラして見えたんだと思う。それくらい、とても素敵なシーンだ。このタップを振付指導したのは、『座頭市』(03年)『TAKESHIS’』(05年)と北野映画でおなじみのHideboH。実父がタップダンサーとしてフランス座に出入りしており、それを袖で見ていたという、浅草ゆかりの人物でもある。
なにより、予告篇でも使われている「芸人だよ、バカヤロー」だ。人生をかけた生き様が集約されているこの言葉。本編の流れで観た方がよりしびれる。
「笑われるんじゃない笑わせるんだ」
「こっちは芸を見せてやってるんだ」
ストリップの幕間に踊り子のおっぱいを見にやってくる数少ない客の前でも、全力でコントを披露する師匠・深見が、毅然とプロ意識の塊をぶつけるから、ものすごくカッコいいのだ。この泥臭いながらも自分の人生に真摯な姿勢は、年齡問わず少しでも持っておきたい。また、ここで怒りすぎるわけでもなく、当たり前のようにセリフをいう大泉洋が素晴らしい。これが伏線というか、丁寧な前フリとなっている。その時々バカヤローに違う意味がある。お笑いでいう”天丼”で、何度も同じ言葉を繰り返しても、それぞれ意味が違う。震えながら怒鳴り声を上げる深見役の大泉洋が、劇中何度も登場するが、その時々の気持ちが溢れ出していて、一気に涙腺を緩めにかかってくる。
また芸人とはお笑いだけではない。踊り子だってそうだ。門脇麦演じる千春は、日劇で歌うことを夢見るストリッパー。若くハツラツとしてエネルギッシュな踊りと『さよならくちびる』(19年)でも披露した、情感のこもった歌声は、今作品でも観るものを引き込むだろう。深見の妻で踊り子の麻里役・鈴木保奈美は、大人の色気がたっぷりだ。わざとらしいくらい強調している、汗ばんだうなじは見るからに艶めかしい。こんな鈴木保奈美は初めてで、ちょっと戸惑ったくらいだ。それでいて、夫とフランス座を支える姿は、とても健気で、粋ないい女に映る。両者ともに、言葉に出さない心に秘めた演技は、昭和の女性の優しさとあたたかさを伝えてくれる。
師匠、夢を捨てたと言わないで
物語後半、タケシがキヨシと一念発起して、ツービートが売れだし始めると、反対にフランス座の人たちが苦しい状況に追い込まれていく。楽曲『浅草キッド』のサビ”夢を捨てたと言わないで”は、ツービート結成前にコンビを組んでいた相方にあてたものだとされている。がしかし、ここでは、芸人だけでは食べていけずフランス座をたたみ工場へ勤務した、師匠・深見千三郎をはじめ、妻の麻里、踊り子の千春や、夢破れた芸人すべてに向けているように聞こえる。「有名になることでは師匠に勝てたものの、しかし最後まで芸人としての深見千三郎を超えられなかったことを、オイラはいまも自覚している」と原作でビートたけしは語っている。弟子に自分のことを師匠ではなく「殿」と呼ばせたり、映画監督など芸人ではない分野に精力的だったのは、このあたりも起因してるのではないかと個人的に思っている。
誰もが憧れた天才も天才に憧れていた。映画『浅草キッド』はタケシの話であり深見の話でもある。若く貪欲なタケシだった人も、いつか師匠・深見千三郎のような立場になる。仕事を教えてもらった先輩、お金もないのにカッコつけていた上司、どうしようもねぇ奴だと悪態をつきながらも尊敬している人。口癖が似てしまうほど影響を受けたかけがえのない恩人。全国区ではないけれど、あなたの近くにも名もなき天才がいたはずだ。いまは隣にいない師匠と呼べる恩人への感謝を想ってこの映画を観るのも悪くない。時代の過渡期にあり、人間関係が希薄になりそうな空気感のいまだからこそ感じるものがある。師匠と弟子、そして仲間との絆が描かれた、人情味溢れるこの映画は、今日を生きているみんなの肩を叩き、背中をそっと押してくれるはずだ。
文 / 小倉靖史
舞台は昭和40年代の浅草。大学を中退し、“ストリップとお笑いの殿堂”と呼ばれていた浅草フランス座に飛び込み、東八郎や萩本欽一ら数々の芸人を育ててきた・深見千三郎に弟子入りしたタケシ。舞台の上だけでなく日常生活においても芸人たる心構えを求める深見の元、タケシは芸人としての成功を夢見て“笑い”の修行に励んでいたが、テレビの普及と共に演芸場に足を運ぶ人は減る一方…。お茶の間を席巻した大人気芸人を数々育てながら、自身はテレビに出演することがほぼ無かったことから「幻の浅草芸人」と呼ばれた師匠・深見との日々、個性と才能に溢れる仲間たちとの出会い、そして芸人・ビートたけしが誕生するまでを描いた青春映画。
監督・脚本:劇団ひとり
原作:ビートたけし「浅草キッド」
出演:大泉洋、柳楽優弥、門脇麦、土屋伸之、中島歩、古澤裕介、小牧那凪、大島蓉子、尾上寛之、風間杜夫、鈴木保奈美
配信中