クリント・イーストウッド監督の最新作『15時17分、パリ行き』が公開された。俳優として大スターの地位を築いたうえに、監督として数々の傑作を送り出してきたイーストウッド。現在87歳にして、創作への意欲やチャレンジ精神はまったく衰えていないようだ。ここ数年、常にハイアベレージな作品を撮り続ける彼の軌跡を改めて振り返り、この最新作への期待を高めたい。
近年の“実話指向”が強く表れた最新作での新たな挑戦、イーストウッドの狙い
その名前で観客を呼べる監督が少なくなってきた現代の映画界において、クリント・イーストウッドは貴重な存在だ。“イーストウッド作品”というだけで、映画ファンの多くは心がときめき、映画館に足を運ぶ。洋画不振が続く日本でも、クリント・イーストウッドの作品は常に好成績を上げている。
現在87歳のイーストウッド。最新作『15時17分、パリ行き』では、またしても大胆なチャレンジに打って出た。今作は、2015年に起きた無差別テロ襲撃事件が題材。イーストウッドは近年特に、実話の映画化が多い。『ハドソン川の奇跡』(16年)、『アメリカン・スナイパー』(14年)、そしてミュージカルだが『ジャージー・ボーイズ』(14年)も実在のヴォーカルグループがモデルになっていた。それ以前も『J・エドガー』(11年)、『インビクタス/負けざる者たち』(09年)、『チェンジリング』(08年)など、過去10年のほとんどの監督作が実話を基にしている。
その“実話指向”が最も作品に強く表れたのが、『15時17分~』だと言えそうだ。アムステルダム発、パリ行きの特急列車内で、乗客554人全員を標的にしたテロリスト。走る密室空間の中で危機に立ち向かったのは、ヨーロッパ旅行中の3人のアメリカ人だった。このショッキングな事件を再現するため、イーストウッドが選択したのは、主人公のアメリカ人3人を“当人”に演じさせることだった。事件を阻止し、英雄となった彼らだが、演技経験はゼロ。あくまでもリアリティを追求する意図でキャスティングされ、彼らは初めての映画に挑んだ。
事件当日だけでなく、3人の少年時代や、楽しいヨーロッパ旅行のシーンが盛り込まれ、友情ドラマにもフォーカスする。プロの俳優が演じているのとは違って、ドキュメンタリーを観ている感覚になるのも、イーストウッドの狙いだろう。それゆえに、列車内の事件シーンの臨場感は半端ではない。上映時間は、イーストウッド監督作で最短の94分。前作『ハドソン川の奇跡』も大事故を描きながら96分だったので、余計なものを削ぎ落とすイーストウッドの意図がうかがえる。
スター俳優から監督業に挑戦、作りたい映画を作る“マルパソ”の設立
『15時17分~』の3人の主人公はもちろん、『ハドソン川の奇跡』、『アメリカン・スナイパー』など、ヒーローを描くことが多いクリント・イーストウッド。その原点はやはり俳優としてスターの座を獲得した、『荒野の用心棒』(64年)などのマカロニ・ウエスタン作品や、『ダーティハリー』(71年~88年)シリーズにさかのぼる。これらイーストウッドの当たり役は、正統派のヒーローというより、内面に弱さを抱えていたり、非情な部分も多かったりと、良くも悪くも“人間くささ”が強調されていた。そして『ダーティハリー』の1作目と同じ1971年に『恐怖のメロディ』を初監督して以来、コンスタントに監督作を発表。特に初期は、ほとんどの監督作に自ら出演し、俳優と監督の両輪で活躍し続けてきた。
初監督作よりも前の1960年代後半、イーストウッドはすでに自身の製作会社を設立していた。“マルパソ・プロダクション”である。ハリウッドのシステムからあえて距離を置き、作りたい映画を作る。その原点は、現在も忘れていない。ちなみに“マルパソ”とは、イーストウッドの自宅の近くを流れる川の名に由来する。監督としての初期には、『荒野のストレンジャー』(73年)、『アウトロー』(76年)など、近年の作風とは異なるB級テイストにも溢れる快作を送り出し、我が道を行くスタンスを貫いていた。
イーストウッドは演技や演出だけにとどまらず、音楽へのこだわりも強く、初監督作の『恐怖のメロディ』からジャズを多用。そのジャズへの愛が、伝説のサックス奏者、チャーリー・パーカーの人生を描いた『バード』に凝縮されたわけだが、この1988年の『バード』がカンヌ国際映画祭で男優賞(フォレスト・ウィテカー)を受賞するなど高く評価されたことで、それ以降、賞レースに絡む傑作を生む“名匠”の一面を濃厚にしていく。
1992年の『許されざる者』がひとつの頂点で、同作はアカデミー賞の作品賞や、イーストウッドの監督賞など4部門を受賞。それ以降もアカデミー賞で『ミスティック・リバー』(03年)が作品賞など6部門ノミネートで2部門受賞、『ミリオンダラー・ベイビー』(04年)が作品賞・監督賞ほか4部門受賞など、輝かしい受賞歴を収め、誰もが崇める“巨匠”の地位を確固とした。『マディソン郡の橋』(95年)など、一般向けに広く注目を集める作品も手がけており、ジャンルにこだわらない巨匠である。