Oct 21, 2020 column

18:ゲーム業界から音楽業界へ転身。そこで感じた不思議の数々

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業界のプロフェッショナルに、様々な視点でエンターテインメント分野の話を語っていただく本企画。日本のゲーム・エンターテインメント黎明期から活躍し現在も最前線で業務に携わる、エンタメ・ストラテジストの内海州史が、ゲーム業界を中心とする、デジタル・エンターテインメント業界の歴史や業界最新トレンドの話を語ります。

17時代は回りピンチもチャンスも何度もやってくる、常に備えをしておく事の大切さ」はこちら

創業したゲーム会社のキューエンタテインメントを売却後、2年弱の短い間ですが、私はワーナーミュージックの代表取締役社長を務めます。その短い間に、サブスクリプションビジネスへの参入、音楽事務所の設立、リストラの実施など悩みながらも数々の変革に挑みまたが、同じエンタメ業界とはいえやはりゲーム業界との違いがかなりありました。ただ、違う視点でビジネスを見ることが出来たため仕事の幅は広がったと思います。今回は、ワーナーミュージックでの経験を通じて、音楽業界独特の文化や変換の波について語りたいと思います

以前のコラムでも少し触れましたが、ソニーの本社にいた時代に音楽部門、映画部門のエンターテインメントビジネス子会社の業績管理を担当していた為、ワーナーミュージック(以降ワーナー)という“レコード会社”に入っても、そのビジネスモデルや構造に関して面食らうことはありませんでした。ところが、現場で多くの人と接するにつれ、業界の慣習やつながりがゲーム業界とは違った、ある意味親密である意味排他的な業界の文化に面食らうことが多々ありました。いくら知っていると思っていても、入ってみると意外な発見があるものです。

日本の音楽業界は歴史が長く、成熟しており、テレビ局やマスコミなどとの人脈的なつながりの比重が大きく、更に再販制度という規制に守られていることもあり、私が長くいたゲーム業界、更にはモバイル業界やVCの業界に比べるとビジネス的に保守的な価値観を感じてしまう局面が数多くありました。そのメンタリティがビジネスの変化のスピードに影響を与えている側面は否定できません。頭が柔らかく柔軟だと思っていた音楽業界の人はある意味では当時かなり保守的だと思ったものでした。

例えば、再販制度により日本のCDの価格が海外と比較してもとても高い値段に設定でき収益率が非常に高い。その為に配信などデジタル化の流れに主要レコード会社はメリットが感じられず反対し、海外に比べて本格参入が大きく遅れました。

日本で音楽のサブスクリプションサービスが始まったのが2015年。海外に遅れること7〜8年です。ひと昔前にカセットテープやCDなど日本が海外に先駆けて音楽のパッケージメディアをけん引したことを考えると大きな遅れです。これは日本のレコード会社がソニー、日本ビクター、東芝といった、家電メーカーの傘下にあったこともあり、昔は新しいメディア=プラットフォームには積極的であったのです。

ワーナー在籍中に私はApple、AWA、 LINE MUSIC、 Google Playといったサブスクリプションサービスに関する全ての契約に携わりましたが、レコード会社各社、音楽事務所とプラットフォーマーの攻防は非常に激しいものでした。ワーナーの場合、世界では3大レコード会社の1社ですが、日本ではそこまで大きなポジションではありません。しかし、洋楽を中心に非常に豊富なライブラリーをもっており、サブスクリプションサービスへの参入はそれほどマイナスにはならずむしろプラスになります。

ところが販売店向けの営業や、メディアと付き合いの多いマーケティング部門、そして邦楽のレーベルは、サブスクリプションビジネスへ参入することに断固反対の立場を取ります。自身も変化を求められるし、収益性も落ちる可能性がある為で、当然のことながら日本の伝統的なレコード会社も本音はだったでしょう。

しかし、2014年頃には海賊サイトが数多く存在しており若者達は海賊版サイトで音楽を聞くのが一般化しておりそれが問題化していた事や、技術のメガトレンド、ユーザーの要求にはあらがえず音楽業界もようやくサブスクリプションビジネスへの参入へ舵が切られたのでした。ちなみに、最後まで抵抗していたのはソニーミュージック。

ソニーもソニーミュージックも過去には海外に先駆けて新たなプラットフォームに参入(CD,MD,DVDなど)、もしくは牽引してきたのですが、デジタル配信の流れの中、ウォークマンもiPodとアップルストアに敗れ、日本のソニーミュージックはむしろ保守派主流になっていたのでした。ただ、この変化がはじまると、ソニーミュージックはLINEと共に”LINE MUSIC”を始め、エイベックスは”AWA”を立ち上げ、ローカルマーケットで外資に対抗しようとします。

一時はソニーとエイベックスが組むとか、その時にはワーナーも参加してくれとか音楽業界水面下では活発に交渉が行われていました。豊富な洋楽ライブラリーのサービスへの提供を求められる為、ワーナーには様々な情報がいち早くはいってきていました。この時経験したことで驚いたのは、日本のマーケットは非常にユニークでかつ大きい為、AppleやGoogleでさえ日本のレコード会社、事務所には気を使っていた事でした。

業界内でこのような交渉があちらこちらで行われていた当時、業界内の色々な方々と会える機会を持ちましたが、特に印象に残っているのは当時のエイベックス代表取締役だった千葉龍平さんです。業界での立ち回りや静かにそして穏やかだけど構想力と迫力のある交渉をされる方で、音楽業界にもビジネスにおいてもすごい人がいるのだなと思ったものです。この様な人と出会えたこともある意味貴重な経験だっただなと思います。

次回は音楽業界の構造についてお届けしたいと思います。

Entertainment Business Strategist
エンタメ・ストラテジスト
内海州史

内海州史

1986年ソニー㈱入社、本社の総合企画室に配属。その後、社内留学制度でWhartonでMBA取得。ソニー・コンピューエンタテインメントの設立、プレイステーションのアメリカビジネスの立上げに深く携わる。その後、セガ取締役シニア・バイス・プレジデントに就任し、ドリームキャストの立上げを経験。ディズニーのゲーム部門のアジア・日本代表時に日本発のディズニーゲーム作品『キングダムハーツ』の大ヒットに深くかかわる。2003年にクリエイターの水口哲也氏と共にキューエンタテインメントを設立し、CEO就任。ビデオゲーム、PCやモバイルゲームにて多くのヒットを輩出。2013年ワーナーミュージックジャパンの代表取締役社長に就任し、デジタル化と音楽事務所設立を推進。2016年にサイバード社の代表取締役社長に就任。現在株式会社セガの取締役CSO、ジャパンアジアスタジオ統括本部本部長。